片桐航 東京 ホメオパス(日本ホメオパシーセンター杉並方南町)

片桐航 東京 ホメオパス(日本ホメオパシーセンター杉並方南町) オンラインでホメオパシーのコンサルテーションをしています。ご希望の方は先ず電話でご連絡ください。
センター営業日
火、木〜土曜日 09:30〜17:30 (日・月・水・祝日 定休)

30/05/2026

「ワクチンを受けない子供たちについて」

今日はさ、ワクチンの賛否を語りたいわけじゃないんだよ。

ただ、おいら25年間ホメオパスやってきて、実際に見てきた事を書いてみたいだけ。

おいらのところに来る子供達って、ワクチンを受けてない子ばかり。

でね。その中で、日本脳炎、ポリオ、破傷風、ジフテリアみたいな病気に感染したって話は、おいらの耳には一件も入ってきてない。

おたふく、水疱瘡、風疹なんかの、子供がよくやる感染症は普通にあるよ。でも、それで重篤な後遺症とか、長く引きずるようなケースも、今まで見た事がないんだ。

勿論これは、「ワクチンを打たないから元気」なんて簡単な話じゃないと思ってる。

そういう家庭は、日常的に自然な食事を意識し、生活習慣を整え、子供の身体をよく観察し、必要以上に薬に頼らず、自然療法やホメオパシーをファースト・エイドとして活用しているんだ。

薬で押さえ込むより、「身体がちゃんと働ける状態」を作ろうとしてる。

おいらは、そこが大きいと思ってる。で、今日ほんとに言いたいのはここから。

その子供達、とにかく元気なんだよ。いや、ほんとに。エネルギーがデカい。目がキラキラしてるし、存在感がある。自己主張も自然にするし、不快な事があっても切り替えが早い。

熱出す時はガツンと高熱出して、サッと終わる。

よく食べ、よく寝て、よく遊び、しっかりウンチする。声も通る。身体全体が「生きるぞー!」って言ってる感じ。

今の子供って、妙に疲れてたり、顔色悪かったり、気を使いすぎてたりする子も多いじゃない。

でも、こういう子達見てると、「生命力」「自己治癒力」って本当にあるんだなって思う。

昔の子供って、きっともっとこんな感じだったんじゃないかな。野性的で、騒がしくて、でも妙に芯が強い。

もし、こういう子供達が日本にもっと増えたら、この国かなり変わると思うよ。もっと自由で、もっと元気な国になる気がする。

29/05/2026

「夏の登山・ハイキングとホメオパシー」

先日、山を少し散策してきたんだけどさ。

もうね、30分くらいで息が上がるわけ(笑)

「平坦な道と全然違うわな…」と思いながら、レメディーを一服。そしたら、スーッと復活。

いやぁ、ヘタレのおいらには本当に頼もしい味方。

もちろん、水分補給や休憩、無理しない事が大前提。その上で、自然の中に入る時に持っておくと安心なレメディーって結構あるんだよね。

例えばこんな感じ。

Arn.アーニカ
怪我、打撲、転倒、肉体疲労。
「とりあえず持ってけ」レベルの定番。
山は気持ちいいけど、足場悪いからね。

Nat-m.ネイチュミュア
熱中症予防や脱水っぽさ。
汗で体液バランス崩した時。
夏山では地味に重要。

Bell.ベラドーナ
頭がカーッと熱くなって起こる頭痛やのぼせ。
日差しでやられた感じ。
急に顔赤くなってボーッとする人いるでしょ。ああいう時。

Rhus-t.ラストックス
筋肉疲労、筋肉痛、筋違い、膝の痛み。
「膝痛いし、明日筋肉痛だな…」みたいなタイプに。

Carb-v.カーボベジ
山を登る時の息切れ。酸欠っぽい疲労感。
高山や、空気の薄い感じでグッタリした時。
「もう電池切れです…」みたいな状態から立て直す時に頼りになる。単純な疲労感にも。

あとさ。少々乱暴だけど、「今日はこうなりそうだな…」ってレメディーを、水筒にインしておくのもありです(笑)

28/05/2026

「もののあわれ」

かつての日本人は、「強くなること」「成長する」よりも、「感じ取ること」を大切にしていたように思うよ。

「もののあわれ」とは、儚いものに宿る美しさや哀しさを感じ取る感性でしょ。それは単なる「切なさ」ではなく、終わりがあるからこそ愛おしい。という感覚に近いのかもしれない。

散りゆく桜を見て、ただ「美しい」と感じるだけではなく、「いつか終わりを迎える」という事実までも同時に受け止めていた。

そのような感性が、儚いものに心を寄せる文化を育んできたのだろう。

しかし現代は、むしろ逆の方向。

老いを隠し、死を遠ざけ、不快を排除し、効率を追求し、常に元気で、常に正しく、常に効率よく勝ち続けることが求められている(タイパ、コスパとかいう奴と気が合わない:笑)

けれども本来、少し疲れを感じる日や、雨の日の静けさ、夏の終わりを告げる風の気配など、そうした「名もない感覚」の中にこそ、人間らしさは宿っているのではないだろうかね。

自然療法に携わっていると、単に症状を取り除くこと以上に、「この人は、何を感じられなくなったのか」と考えさせられる瞬間がある。

悲しむことができない。
休むことができない(無意•無為な時間がない)
弱音を吐くことができない。
寂しさを口にできない。

身体は、そうした「置き去りにされた情緒」を、湿疹や痛み、不眠といった形で表現することがある。

「もののあわれ」とは、単なる古い美意識ではない。

失われてゆくものに心を動かし、言葉にならない感情に耳を澄ませる、日本人本来の感性なのだと思う。

27/05/2026

「これから子供達の教育に必要なもの」

おいらみんな知らないと思うけど学校をやってんだよ(笑)。そこで思うんだけど、これから座学で学ぶ様な知識の価値は、どんどん下がっていくと思う。

だって知識は、もう外付けHD化しちゃってるから。

昔みたいに、
「先生しか知らない」
「専門家しかアクセスできない」
みたいな時代じゃない。

スマホ開けば、医学も哲学も歴史もAIも、ある程度までは辿り着ける。

だから「知ってるだけ」の価値は、もう弱い。確実にそこに寄っかかってる人はやばいよ。

じゃあこれから何が残るのか?

おいらは

リベラルアーツ
マーシャルアーツ
フィールドワーク

この3つだと思ってる。

まずリベラルアーツ。

哲学、宗教、歴史、文学。

これは“答え”を覚えるためじゃなく、“問い”を持つための学問なんだよね。

人間とは何か。
自由とは何か。
幸福とは何か。

AIは答えを返してくれる。

でも「考え続ける力」は、人間側に残る。

次にマーシャルアーツ。

武道でも、身体訓練でもいい。

呼吸。
姿勢。
重心。
脱力。
恐怖との向き合い方。

こういうもの。

現代人って頭ばかり使って、身体を置いてきぼりにしてる。

でも実際は、人間の精神状態ってかなり身体に引っ張られてる。人を診ていればわかる。肝臓を病めば怒り、胃を病めば悩み、肺を病めば憂う。

身体を扱えない人は、自分を扱えない。

これは本当だ。

最後にフィールドワーク(野外教育等)。

自然って“正解”が無いんだよね。

天気変わる。
寒い。
疲れる。
予定通り行かない。

つまり“管理できない世界”。

でも本当の社会って、実はこっちに近い。

学校みたいにベルが鳴って、時間割があって、「正解」が配られる世界の方が、実はかなり特殊なんだ。義務教育をおろそかにしてよかった(笑)。

自然の中では、自分で考え、自分で判断し、自分で動かなきゃいけない。

だから人は、自然の中に入ると「生きる感覚」を取り戻す。

で、この3つに共通してるのは、

身体
経験
問い

なんだよね。

逆に今までの教育は、
「覚える」
「従う」
「正解を出す」
に偏りすぎた。

だから、見事に知識はあるのに動けない人が増えた。

知ってる。
理解してる。
でも行動できない。

これ、現代人のかなり深い問題だと思うよ。

26/05/2026

「その二の腕…」

暑くなってきて、みんな半袖になってきましたよね。

そして、僕の発信を読んでいる世代の人達は、そろそろ「自分の二の腕が許せない問題」が始まっている頃だと思う。

いや、始まっている!

…と、軽く煽ったところで。

今日は、おいらが良い事を教える。

効果1000%。
インドに伝わる乾布摩擦「ガルシャナ」を伝授しよう。

先ず、冷えとり靴下を扱っている店なんかに行くと、シルクの手袋が売っているのでゲットして下さい。
無ければ普通の軍手でもOK。ゴムの滑り止めが付いてないやつね。

あと、マッサージブラシや柔らかめのタワシでも代用可。

これを使って、シャワーやお風呂の前に身体を擦る。

やり方は簡単。

先ずは上半身。
肩から筋肉の流れに沿って上下にシャコシャコ。
肘みたいな関節部分は、丸く優しく摩る。
腕も同じように筋肉に沿ってシャコシャコ。

ちなみに胸は避けるのがルール。

次はお腹。

両手で上から下へ摩ったあと、今度は片手ずつ対角線に、バッテンを描くように上下へ擦る。

シュッシュッシャッシャッ、
シュッシュッシャッシャッ、

みたいな感じで、リズミカルに。

脇腹や背中側も忘れずシャコシャコ。

そして脚。

腿から膝へ向かって両手でシャコシャコ。
膝は丸く。
ふくらはぎも同じように。
足の甲は関節が集まっているので、ここも丸く摩る。

そして反対側も。

みんなが気にしている「二の腕」は、念入りにやるべし。

おいらはこれ、かなりスピーディーにやっていて、全部で2〜3分くらい。

でもね、これ本当に侮れない。

身体が温まるし、浮腫んだ感じも抜けるし、皮膚の感覚も目覚めてくる。

何より、「滞ってるものが流れ出す感じ」がある。

だまされたと思って、ちょっと続けてみ。

気になってるところ、ちゃんと変わってくるから。

25/05/2026

「女性を楽しんでいますか?」

「出産回数が少ない」「生理の回数が多い」「女性ホルモンに長く晒される」そういう説明が、乳がんや子宮系の病気の原因としてよく語られるよね。

でも、おいらはそこに、どこか嘘くささを感じるんだよね。

人はすぐ“外側”に原因を探したがる。ホルモンだ、遺伝子だ、DNAだ、と。そうすれば「抑える薬」「調整する薬」を売れるし、自分の生き方を見つめなくて済むから。

もちろん身体の仕組みは大切だよ。でもね、それだけじゃない。

おいらは、女性にとって本当に大事なのは、「女性として生きることを楽しめているか」だと思っている。

女性であることを押し殺し、恥じ、我慢し、縮こまって生きていたら、女性にしかない器官たちは、一体どんな気持ちでそこに居るんだろう。

子宮も、卵巣も、乳房も、ただの“部品”じゃない。

もっと深いところで、その人の生き方や感情と結びついている気がしてならない。

エネルギーが流れなくなるんじゃないかな。

非科学的だと言われるかもしれない。でも、おいらはそうは思わない。

先日、子宮頸部高度異形成の女性にこう言った。

「もっと女性であることを楽しんでください」って。

彼女は、小さい頃から母親に“女らしさ”を否定されていた。襟元の開いた服も、短いスカートも、どこか罪悪感を刺激するものだった。

でも、本当はもっと自由でいいんだよ。

綺麗にお化粧してもいい。おしゃれしてもいい。肌を陽に当ててもいい。恋をしてもいい。踊ってもいい。

女性として生まれた身体を、「恥」ではなく「歓び」として使ってあげる。

案外、そういうことの方が、難しい理論よりもずっと身体を救うんじゃないかな。

24/05/2026

「罪悪感という隠れた主役」

相談を受けているとね、怒りや拒絶感の奥に、この「罪悪感」が潜んでいる場面に随分出会う。

例えば、介護中の親にイライラしていた娘さんがいた。最初は「親のあの態度が腹立つ」と思っていた。しかし話を深めてゆくと、本当に苦しかったのは、「優しい娘として振る舞えていない自分」を責める罪悪感だったりする。

また、子供の問題行動や成績不振を受け入れられないお母さんもいる。でもよくよく観てゆくと、子供そのものより、「ちゃんとした親として導けていない」という罪悪感に縛られていたりする。

要するに、人は案外「相手」に怒っているのではない。「こうあるべき自分」でいられない自分を責め、その苦しみを相手に投影している事が多いのだ。

でもね、冷静に考えてみれば、誰も他人の人生を背負い込むことなんて出来ない。

親の人生は親の人生だし、子供には子供の人生がある。転びながらでも、自分で学び、自分で良くなってゆく力を持っている。

だから、心の中でこう唱えてみる。

「私は良い娘じゃなくてもいい」
「私は良い母親じゃなくてもいい」
「親は親」
「子供は子供」

これは 心屋仁之助 さんの言葉の受け売りなんだけどね、実によく出来た言葉だと思う。

これは単なる慰めではない。

人の人生ばかり背負い込み、自分自身の人生を生きることを忘れてしまった人に向けた、一種の通過儀礼みたいな言葉だ。

相手の欠点や問題ばかり見つめる前に、一度、自分の内側を静かに観てみる。

すると、怒りだと思っていたものの奥に、「ちゃんとしていない自分」を責め続けている、小さな罪悪感が隠れている事がある。

23/05/2026

「子どもの身体は、とても正直」

ホメオパスの仕事をしていると、いつも思うことがある。

子どもの身体って、本当に正直だなと。

大人はいろんなものに慣れてしまう。疲れていても気合いで乗り切るし、合わないものを食べて不調が出ても「まあいいか」でやり過ごす。

でも子どもは、そうはいかない。

合わないものが入ると、身体がすぐ教えてくれる。発疹が出たり、吐いたり、やたらと荒れたり、落ち着かなくなったり。逆にぼんやりしてしまう子もいる。

最近よく感じるのは、加工食品や添加物、強すぎる刺激に反応している子が増えていること。

お菓子やジュース、菓子パンみたいに糖度の高いものを一気に食べると、急にテンションが上がって、そのあとストンと落ちる。そういう子も多い。

今の食べ物って、精製されて、やわらかく加工されて、ものすごいスピードで身体の中に入ってくる。でも本来、人間はもっとゆっくり食べて、時間をかけて栄養を受け取るようにできている。

おいらは最近、子どもの身体って今の食環境に対する”センサー”みたいなものだと思うようになった。

もちろん、親が悪いという話じゃないで誤解なく。忙しい毎日の中で、手軽なものを選ぶのは当然だ。おいら自身だってそうする事だってある。

ただ、そのなかでも身体はちゃんと反応している。それだけのことだ。

だから「自然食」って、意識が高い人の趣味とかじゃなくて、身体が受け取れるものを少しずつ取り戻していく、そういう地味な話だと思っている。

派手じゃなくていい。ちゃんと出汁を取った味噌汁とか、発酵したものとか、身体が嫌がらないものがちょっと増えるだけで、子どもの空気感って変わってくるだ。

子どもの身体は正直。

22/05/2026

「見ようと思わなければ見えない」

目の前にあるモノが見えているとは限りません。常に期待で見ようとしているもの、知っているものしか見えていないのが本当です(苫米地さんのいうスコトーマこそそういう事です)。此処である提案ですがもう少し野生の感で見る事が必要になるでしょう。善悪からも利益不利益からも思い込みからも自由になり、ロジックではなく胸の騒めき、かすかな耳に入るノイズ、口に湧く唾液の量等を通して世界をみる。そこには違うリアリティがあります。これは超能力でもなく私達に本来生きて行くために備わっている能力です。

「マゼランの探険隊が初めてティエラ·デル·フエゴ(火の島)に上陸したとき、何世紀もカヌーとともに隔離されてきたフエゴ島民たちは錨を下ろした船団を見ることができなかった。大型の船など見たことがなかったので、それらの船の大きさにもかかわらず水平線は乱れるに至らなかった。つまり船は見えなかったのである。これはその後、何度目かの探険のおり、フエゴ島民たちが語ったことからわかった。ある村民の話によれば、最初に村民たちの注意を促したのはシャーマンで、彼は見知らぬ人間が何かに乗って到着したこと、そしてその何かとは信じられぬほど奇怪なものだが、よくよく注意して見れば実際に見えるものだ、と語ったらしい。
われわれは疑問に思う。どうしてあんなにもはっきりしていて「現実的」な船団を見ることができなかったのか、と。だが、われわれに対しこうたずねる人がいるかもしれない。なぜ、あなたがたはこんなにも現実的なものが見えないのか、と。
われわれが見るすべての物は、物質的なものにおいてさえ見えない何かを含んでいる。知覚は、視覚的なものにしろ知的なものにしろ、何千というひしめきのなかから、「意味」あるものを選びだす濾過装置を含んでいる。」『超自然学』ローレンス・ブレア

21/05/2026

「肩凝り腰痛しか不調が出ない人について」

ある日、手技を主体にしている治療家の友人と話していて、お互いに「やっぱりそうだよな…」と意見が一致した事がある。

それは「身体の感受性が乏しい人ほど、“特に大きな病気も症状もないんだけど、慢性的に肩が凝り、腰が痛く、疲れが抜けず、常にスッキリしない”という状態になる」という事だ。

本来、身体というのは環境の変化や刺激に対して、逆方向の反応を起こしながら中庸へ戻ろうとする。

緊張すれば弛緩しようとし、寒さにさらされれば熱を作り、熱ければ汗をかいて冷まそうとする。

これがホメオスタシスである。

さらに、反応の良い身体というのは、重要な器官の問題を、より末端的で軽い問題へと“逃がす”事が出来る。

つまり、内側で深刻化する前に、皮膚や筋肉や排泄などへリリースしていくわけだ。

ところが、「肩凝り腰痛しか出ない人」というのは、この反応性そのものが極度に鈍くなっている。

緊張が固定化し、弛むという事を身体が忘れてしまっている。

しかも厄介なのは、多くの場合、強い理性や我慢によって、不快感そのものを無意識にブロックしている事だ。

だから本人は「まあ昔から肩凝りなんで」「みんなこんなもんですよね」で済ませてしまう。

しかし実際には、身体の深い層で反応性が失われつつある。

こういう人達こそ、微細な刺激やバイブレーションを扱う我々自然療法家にとって、最も手強いクライアントだったりする。

友人の治療家は、「肩凝り腰痛なんです」と聞いた時点で、

「うちはそういう人扱ってないんで〜」

と断るらしい(笑)。

断られた側は、「なんだ、肩凝り腰痛も治せないのか」と思うだろう。

しかし実際には逆なのだ。

“ただの肩凝り腰痛”に見える状態ほど、身体全体の反応性が落ち切っている場合がある。

こういう人達は、強押しのスポーツマッサージや、その場だけスカッとする刺激に通い続けている事も多い。だが、反応性の残っている普通の身体の人が同じ事を受けたら、揉み返しで翌日動けなくなるだろう。

それくらい強い刺激で、無理やり感覚を上書きしている。

こういう人は本当に身体を変えていこうと思えば、5年単位の時間が必要になる事も珍しくない。

しかも改善は極めて微細で、緩やかだ。

だから治療家の側も、「これで本当に合っているのか」と不安になりながら、少しずつ身体の反応を観察し、試行錯誤していく事になる。

まあ、こういう人が山ほどいるのが現代の日本なんだろう。

住所

渋谷区

営業時間

火曜日 09:30 - 17:30
木曜日 09:30 - 17:30
金曜日 09:30 - 17:30
土曜日 09:30 - 17:30

アラート

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