北九州ヨガセンター

北九州ヨガセンター アイアンガーヨガ

木曜日 10:30~小倉北区魚町
月曜日 火曜日 10:00~ 築上町
水曜日 10:00~門司松ヶ枝
金曜日 10:00~中津市ダイハツアリーナ
土曜日 10:00~オンライン

プライベートレッスンあり

“From doing to being, from form to essence — that is Yoga.”

平日午前の少人数ヨガスタジオです。ヨガのスタイルはアイアンガーヨガという世界標準のヨガメソッドです。
ポーズの形を真似るのではなく、呼吸と動きを通して意識の拡大をしていきます。この過程を通して自分と向き合う作業をしていくことになります。テーマは毎回違いますが身体と心を整えていくことを目指して行っていきます。
クラス案内・ Webサイト: http://purana.in/

24/04/2026

【38年目の浄化:ヨガが持つ「記憶を癒す力」について】

ヨガの練習を続けていて、ある日突然、忘れていたはずの古い記憶や感情が溢れ出してきたことはありませんか?

実は私自身、最近そんな経験をしました。38年も前の、終わったはずの出来事です。

なぜ今更?と思うかもしれません。
でもこれは、35年のヨガの実践で骨盤周辺を整え続けたことで、意識の防壁が解け、深層に眠っていた「サンスカーラ(潜在印象)」が地表に現れたのだと感じています。

ヨガを深めるということは、身体だけでなく心も、適切な時期が来れば浄化のプロセスを辿るということです。

1. 否定的な感情を「観照」する
突然噴き出してきた「悔しさ」。それはまるで、親に置いていかれた子供のような痛みでした。それを消そうとするのではなく、ありのままに観察する「サクシン(観照者)」の視点を持つことが、浄化のスタートでした。

2. 身体に刻まれた「停滞」を流す
理解されずに遮断された別れは、肉体の深い場所、特に私の場合は腰椎周辺に蓄積されていました。静寂の中で当時飲み込んだ言葉をすべて吐き出すことは、内側に凍結されていた時間を溶かす「タパス(浄化の熱)」の儀式でした。

3. 「在る(Being)」という視点への転換
「なぜあんなことが起きたのか」と原因を探る(Doing)のではなく、「当時の自分の在り方(Being)が、自立のためにこの孤独を必要としていた」と気づけたとき、後悔は感謝へと変わりました。

意識が浄化へ向かうと、長年圧迫されていた腰椎の緊張が解けるという、物理的な変化も起きました。

ヨガには、過去の呪縛から私たちを解放し、本当の意味で自分自身と和解させてくれる可能性があります。

38年前の空白すらも、今の自分を形作るための美しい余白であった。
今、マットの上で呼吸している自分という存在。その「在り方」が、明日どんな新しい景色を映し出すのか。

皆さんの歩みも、この静かな広がりと共にありますように。

この体験のさらに詳しいプロセスや、ヨガ的な視点についてはNoteにまとめました。
よろしければ、あわせてご覧ください。

https://note.com/yogimage/n/nd00366c10801

ウシュトラアサナのバリエーション。このくらいで強度でも手足をしっかり使って整えていくことは十分可能です。脚を締めて腹部を緩めて腕を使って胸を開き腹部腰椎を引き上げていきます。タダアサナ、今週は基本のキ、でした。 #北九州ヨガ #北九州ヨガセ...
24/04/2026

ウシュトラアサナのバリエーション。
このくらいで強度でも手足をしっかり使って整えていくことは十分可能です。
脚を締めて腹部を緩めて腕を使って胸を開き腹部腰椎を引き上げていきます。
タダアサナ、今週は基本のキ、でした。

#北九州ヨガ
#北九州ヨガセンター
#アイアンガーヨガ
#オンラインヨガ
#中津ヨガ

今日は前足のアライメントを中心にシークエンスを進めていきました。後足のインストラクションはよくいわれてあきましたが、先ずは前足が大事だと思います。前足が身体にどう働いていくのか、大地の力を背骨にどう伝えていくのか。ポーズをとるだけではなく、...
23/04/2026

今日は前足のアライメントを中心にシークエンスを進めていきました。
後足のインストラクションはよくいわれてあきましたが、先ずは前足が大事だと思います。
前足が身体にどう働いていくのか、大地の力を背骨にどう伝えていくのか。ポーズをとるだけではなく、もう少しなんの為にしているのかを伝えていくことを考えてクラスをしています。

19/04/2026

身体の痛みは「本当の気持ち」からの手紙 —— 意識でブロックを溶かす内観の技術
「なぜかずっと肩が重い」「原因不明の違和感が消えない」
そんな慢性的な痛みや違和感の裏には、実は私たちが長年、無意識に押し込めてきた**「未処理の感情」**が隠れていることがあります。

今回は、私が長年の実践を通じて辿り着いた、痛みを通じて「本当の自分」と対話するためのメソッドをまとめました。

1. 痛みから距離を置き、「観察者」になる
痛みがあるとき、私たちはその苦しさに飲み込まれ、自分自身が「痛みそのもの」になってしまいがちです。まずは横になり、力を抜いて目を閉じましょう。

そして、意識を身体から少し離し、天井から自分を眺めるような「俯瞰(ふかん)」の視点を持ちます。痛みと戦うのではなく、「あそこに熱があるな」「あそこが固まっているな」と、ただの現象として客観的に観察します。

2. 「動きたい」衝動さえも観察し、熟成させる
痛みの部位から少しずつ力を抜いていきます。じっとしていると、次第に「もう動きたい」「逃げたい」という落ち着かない感覚がやってくるはずです。

ここが重要なポイントです。その衝動にすぐ従わず、**「静寂の中での限界」**が来るまでじっと見つめ続けます。
これは根性論で耐えるのではありません。表面的な思考(早く楽になりたい!)を静め、さらに深い層にある「本当の原因」が顔を出すのを待つ時間なのです。

3. 臨界点を超え、内側から訪れる「解放」
観察を深め、意識が痛みの芯に触れたとき、ふっと「ダムが決壊するように」緊張がほどける瞬間がやってきます。

それは自ら動くことではなく、身体が自ら「もう抱えきれない」と降伏し、内側から緩んでいくプロセスです。この「緩み」が起きた瞬間に、長年あなたを縛っていたエネルギーのブロックが溶け出します。

4. 溢れ出してきた「感情」を受け入れる
力が抜けたその隙間に、ふと言葉やイメージ、感情が浮かんでくることがあります。

「本当はあの時、すごく怒りたかった」

「寂しいのに、大丈夫なふりをしてしまった」

それらが、痛みの下に隠されていた**「あなたの本当の声」**です。医学的な根拠や理屈は脇に置いて、ただ「そう思っていたんだね」と、自分を抱きしめるように受け入れてあげてください。

結び:意識が身体を書き換える
「意識が身体を作っている」と考えると、痛みはあなたを苦しめる敵ではなく、気づいてほしくて叫んでいる「自分の一部」だとわかります。

小さな違和感のうちに、その声に耳を傾けること。
意識という温かい光を当てることで、長年の蓄積(地層)は少しずつ溶けていきます。身体の声を聴くことは、自分自身を深く愛すること、そのものなのです。

12/04/2026

これから大切にしていきたいヨガ指導の在り方

ヨガを指導する中で、最近あらためて感じていることがあります。

それは、「どう関わるか」ということです。

これまで私は、生徒さんにできるだけ正しく動いてほしい、より良い状態になってほしい、という思いから、細かく見て伝えることを大切にしてきました。それ自体は間違いではないと思っていますし、安全面や体の使い方を学ぶ上ではとても重要なことです。

ただ同時に、その「良くしてあげたい」という気持ちが強くなりすぎると、知らないうちにコントロールになってしまうことにも気づきました。できる・できない、正しい・間違いという見方が強くなるほど、生徒さんにとってはプレッシャーになってしまうこともあります。

一方で、すべてを手放して何も言わない状態は、それはそれで放置になってしまいます。

その中で見えてきたのが、「観ているけれど、握らない」という在り方です。

生徒さんの体や呼吸、今の状態をしっかり観察することはとても大切です。ただ、それを無理に変えようとせず、必要なときにだけ、シンプルに言葉をかける。そしてその後は、その人のペースに委ねる。このバランスが、今とても大事だと感じています。

指導の流れとしてはとてもシンプルです。まずは評価を入れずに観ること。そして「直したい」「良くしたい」という自分の内側の動きに気づくこと。その上で必要であれば一言だけ伝え、結果は手放す。

ヨガのポーズについても同じです。

例えば「膝を伸ばす」という動き一つでも、ただ形として整えるのではなく、アライメント(身体の配置や使い方)を通して体の内側で何が起きているのかを感じていくことが大切だと考えています。

アライメントというと、「正しい形に合わせること」と捉えられがちですが、本来はそうではなく、「より安全で無理のない使い方を通して、体のつながりや感覚に気づいていくためのもの」です。

たとえば、ただ膝を伸ばすのではなく、足裏で床を押したときに、その力がどのように脚を通り、股関節や骨盤、背骨へと伝わっていくのか。その流れを感じていくことで、形は自然と整っていきます。

ヨガは「正しい形に近づくこと」が目的ではなく、「自分の内側に気づいていくこと」が本質です。

そのためアライメントも、形を揃えるためのものではなく、「自分の体の状態を知り、無理なく調和していくための手がかり」として捉えていきたいと思っています。

また、生徒さんの変化についても、最近は見方が変わってきました。

人は外から変えられるものではなく、自分で気づいたときに変わります。ですので、指導者としてできるのは「変えること」ではなく、「気づきが起きやすい場を整えること」なのだと思います。

もちろん、すべての人が同じように変化するわけではありません。長く続けていても、大きな変化が見えにくい方もいらっしゃいます。

でも、その方が20年続けているという事実、毎週クラスに来ているということ。それだけでも十分に意味のあることだと、今は感じています。柔軟性や形の変化だけでは見えないものも、ヨガの中にはたくさんあります。

クラスの中では、経験年数や理解の深さもそれぞれ違います。

だからこそ、全員に同じことを求めるのではなく、それぞれの段階に応じたヒントを重ねていくことが大切だと思っています。シンプルに形をとることが中心の方もいれば、少しずつ感覚を深めていく方もいる。さらにその先で、全体のつながりを感じていく方もいます。

どの段階も間違いではなく、それぞれに意味があります。

最近は、自分の中に出てくる「もっと良くしてあげたい」「このままで大丈夫だろうか」という気持ちも、そのまま観るようにしています。ときには無力感のようなものを感じることもありますが、それも含めて今の自分の状態として大切にしています。

これからの指導では、「関わらない」のではなく「必要なときにだけ、やさしく関わる」そんな距離感を大切にしていきたいと思っています。

静かに観ている中で、必要な言葉が自然に出てくる。そして、生徒さん自身の中で気づきが起きていく。

そんな場を、これからも丁寧に育てていけたらと思っています。

09/04/2026

ヨガの道40年、遠回りの末に見えてきた風景

今朝、生徒さんが私の懐具合を心配してくれました。
「こんなにお金にならないことを仕事にして、先生は大丈夫?」と。

確かに、効率を重んじる世の中から見れば、私の歩みは少し「おかしい」のかもしれません。でも、ふとこれまでの歳月を振り返ってみると、今の私があるのは、やはりそれなりの理由があってのことだと思うのです。
今日は少し、私の原点についてお話しさせてください。

迷わず選んだ、不器用な道
ヨガを仕事にしようと決めたのは、二十代の頃、ある人から受けた影響も少なからずありました。当時はバブルの真っ立ち中。周囲が華やかな喧騒に包まれる中、私は精神世界に惹かれ、インドへと向かいました。
「ヨガには、人が生きるために必要な要素がすべて詰まっている」
そう直感した時、お金や暮らしの優先順位は、自分の中でずっと後ろの方に追いやられていました。それよりも「何をなすべきか」という問いが、若かった私のすべてだったのです。

帰国後、本格的にこの道を仕事にしようと決めた私は、まずヨガ教室の門を叩き、アイアンガーヨガの道へと進みました。しかし、時代は混迷していました。世間を揺るがしたオウム事件が起き、ヨガというだけで偏見の目にさらされることもありました。その影響がどこまであったのかは分かりませんが、私はただ、自分にできることを必死にやるしかありませんでした。

遠回りと、摩耗していく日々
現実は甘くありませんでした。ネットもない時代、手書きのポスターを作り、ポスティングに励む日々。生活は常に精一杯で、志した頃の情熱も、少しずつ「摩耗」していきました。

一時期は、ヨガとは別の仕事をしていたこともあります。外人ハウスの管理人です。それでも細々とヨガは続けていましたが、不規則な生活のせいか体重は増え、かつてのように身体は動かなくなっていきました。

その後、九州へ移住した頃に、世の中ではヨガブームが到来しました。
「もう一度」と自分を奮い立たせましたが、心のどこかに常にあったのは「自信のなさ」でした。それを埋めるかのように、勉強と練習だけは誰にも負けないくらい続けてきました。しかし、ヨガというのは皮肉なもので、やりすぎもまた毒になります。いつしか心身に無理がたたり、私は大きく体調を壊してしまいました。

救ってくれたのは、教える相手だった
入院し、一時はすべてを諦めようとまで考えました。
そんな私を支え、繋ぎ止めてくれたのは、数少ない生徒さんたちでした。毎日、誰かが顔を見せに来てくれる。その温かさに触れた時、私のヨガに対する視点は根本から変わりました。

「稼がなければ」という焦りを手放した時、ようやくヨガの真意が――それは単なるポーズの習得ではなく、心と身体を学ぶための「手段」であるということが――はっきりと見えてきたのです。

一つの環(わ)が閉じる時
ヴィパッサナ瞑想、ヒプノセラピー、クレニオセイクラルワーク、解剖学……。
あちこち遠回りをしながら学んできたことが、今、ようやく自分の中で一つの方向性を持って結びつき始めています。

インドでの気づきから始まり、紆余曲折を経て、今ようやくその原点へと一回りして戻ってきたような、不思議な充足感があります。

来年で、私がこの道を歩み始めてから40年になります。
今日という日を、一つの大切な節目として。
私を支えてくれるすべてのご縁に感謝しながら、また明日からマットの上に立ちたいと思います。

07/04/2026

今週と来週は椅子を使った基礎レッスンです。

#アイアンガーヨガ
#北九州ヨガセンター
#北九州ヨガ
#東京ヨガ

今週は首、肩、腰、股関節のウォームアップで身体をバランスよく解していきました。優しい動きでもしっかり動いていくと身体に効いてきます。 #北九州ヨガ #北九州ヨガセンター #アイアンガーヨガ #東京ヨガ  #オンラインヨガ
03/04/2026

今週は首、肩、腰、股関節のウォームアップで身体をバランスよく解していきました。優しい動きでもしっかり動いていくと身体に効いてきます。

#北九州ヨガ
#北九州ヨガセンター
#アイアンガーヨガ
#東京ヨガ
#オンラインヨガ

ヨガが苦しくなった時に、読んでほしい話。ヨガの「頑張り」を卒業する —— DoingからBeingへの転換​1. 「何とかしよう」とするヨガからの卒業​ヨガを長く続けていると、ついつい「もっと深めなきゃ」「この強張りを治さなきゃ」と、常に何...
01/04/2026

ヨガが苦しくなった時に、読んでほしい話。
ヨガの「頑張り」を卒業する —— DoingからBeingへの転換
​1. 「何とかしよう」とするヨガからの卒業
​ヨガを長く続けていると、ついつい「もっと深めなきゃ」「この強張りを治さなきゃ」と、常に何かを達成しようとする**「Doing(作為)」**の罠に陥りがちです。
​私自身、最近までそうでした。一生懸命に教えている先生を見て、「あ、昔の自分もああだったな」と、少し苦しいような、違和感のような感情が湧いてきたのです。それは、「何者かになろう」と力んでいた自分への気づきでした。
​2. 観察から、静寂へ
​今の私の練習は、少し変わってきています。
​これまでは、身体の微細な感覚を追いかけ、コントロールする練習を重視してきました。もちろんそれも大切ですが、今はその一歩先、**「ステイルネス(静寂)」**の中に身を置くことを大切にしています。
​それは、時間も空間も忘れて、ただ「ここに存在している(Being)」という感覚。
ヨガのポーズをとっている最中に、ふと「自分」が消えて、静かな空間だけが残るような瞬間です。
​3. 「引き寄せる」のではなく「受け入れる」
​「自分は何をしたいんだろう?」
そう迷うとき、私たちはつい外側に答えを探したり、無理に何かを引き寄せようとしたりします。でも、本当の創造は、自分を空っぽにして**「受け入れる」**ことから始まります。
​ヤマ(禁戒)やニヤマ(勧戒)も同じです。
「守らなきゃ」と頑張る(Doing)のではなく、内側が静寂(Being)で満たされていれば、自然と足るを知り(サントーシャ)、執着せず(アパリグラハ)、自分に嘘をつかない(サティヤ)状態に「成って」いく。
​頑張って守るヨガから、静寂から溢れ出すヨガへ。
​4. 背中の強張りは、今のあなたの「友」
​もしマットの上で、背中の強張りや心のモヤモヤを感じたら、それを無理に消そうとしないでください。
​「あ、今ここに強張りがあるな」と、ただ認めてあげる。
その「あるがまま」を受け入れたとき、身体の緊張は戦う相手ではなく、あなたを静寂へと導く大切なサインに変わります。
​結びに:ただ、一緒に座りましょう
​「何をしたいか」の答えは、焦って探さなくて大丈夫です。
静かな水面に波紋が消えるのを待つように、ただ「今、ここ」の自分を受け入れてみてください。
​その静寂(Being)の土台から、本当にやりたいこと(Doing)が自然に湧き上がってくるのを、一緒に待ってみませんか。

22/03/2026

昨日、友人と「スティルネス(静寂)」について語り合っていたときのこと。

ふいに、インド・リシケシの風景が蘇りました。
ガンジスの流れと、出会ったスワミの静かで揺るがない眼差し。

そして同時に、胸の奥に響いた言葉がありました。

「あるがまま」

そのとき、ひとつの感覚が静かに芽生えました。

いま私が向かおうとしている“静止点”は、
あのときリシケシで触れた静寂へと、どこかでつながっているのではないか――と。

アサナは「内観」への門だった

振り返れば、35年。
ヨガと共に歩んできました。

アイアンガーヨガの教えのもと、
身体のアライメントを整え、微細な感覚を観察し続ける日々。

それは、身体という器を通して、
意識を内側へと還していくプロセスでした。

筋肉の伸び、骨の広がり、呼吸の揺らぎ。
それらを丁寧に見つめることは、
意識を粗い次元から、より微細な領域へと導く準備だったのだと思います。

長い時間をかけて、
私は「内へ向かう力」を育ててきたのでしょう。

そして、これから向かう静けさ

いま私は、その延長線の先にあるものへと、
静かに歩みを進めようとしています。

時間や空間の感覚がほどけていくような、
ただ在ることへと還っていく感覚。

それは、「サマディ(三昧)」と呼ばれる領域へと、
これから向かっていく流れの中にいるようにも感じられます。

「あるがまま」とスティルネス

真の静寂とは、音がないことではなく、
過去や未来への働きが静まり、
ただ「存在」がそのまま在る状態なのかもしれません。

リシケシで出会ったあのスワミは、
まさにそれを体現していました。

何かをするわけでもなく、どこかへ向かうわけでもなく、
ただ「あるがまま」に在る。

その在り方そのものが、深い静寂として感じられたのです。

「動」から「静」への転換

これまでの私は、
「どう導くか」「どう動かすか」という
行為の中でヨガを深めてきました。

外へと向かうエネルギー、いわゆるラジャスの中で、
全力で取り組んできた時間だったと思います。

けれど今、その流れが少しずつ静まり、
より透明で穏やかな質――サットバへと移ろうとしている感覚があります。

何かをするのではなく、
ただ静けさに身を委ねていくこと。

そこに、これからのヨガの方向があるように感じています。

違和感の正体

最近、ひとつの小さな違和感に気づきました。

情熱的に指導する先生方の姿を見たとき、
ふと、わずかなざらつきを感じたのです。

以前の私なら、共感していた光景でした。

けれどその違和感の奥にあったのは、
他者ではなく、かつての自分の在り方でした。

外へとエネルギーを放ち続けていた頃の自分と、
いま静けさへと向かおうとしている自分。

その質の違いを、
自然に感じ取ったのだと思います。

それは否定ではなく、
ただ流れが変わり始めているというサインなのでしょう。

観照者として在る

いま私は、少し引いた場所から
物事を見ているような感覚の中にいます。

以前は「動くこと」が道でした。
けれど今は、もっと静かで透明な場所に惹かれています。

静けさの中から日常を眺めると、
慌ただしささえも「あるがまま」の一部として見えてきます。

どんな感情も否定せず、
ただ静かに観ている。

その在り方そのものが、
少しずつ深まっているように感じます。

結びに

身体を通して磨いてきた感覚を、
これからは静寂へと溶かしていく。

それが、35年を経て見え始めた、これからのヨガの方向です。

アサナと意識の探求は別々ではなく、
ひとつの静けさへと続く道の中にありました。

これからも北九州のスタジオで、
この静かな変化のプロセスを、生徒さんたちと分かち合っていけたらと思います。

言葉を超えたところにある、
あのリシケシの風のような静寂へと向かいながら。

22/03/2026

今週はヴィラバドラアサナ、パールシュワコーナアサナ。
前回同様前足の引き込みを覚えていきます。
これらのポーズでの脚の引き込みはなかなか難しいですが、椅子を使ってアライメントをしっかり作っていくことで引き込み方がわかってきます。ビラバドラーアサナからパールシュワコーナへの動きの中にも、きっと新たな気付きかあるでしょう。
#アイアンガーヨガ
#北九州ヨガセンター
#北九州ヨガ
#東京ヨガ

19/03/2026

「膝を引き上げる」とは何をしているのか

―アイアンガーヨガの脚の使い方をわかりやすく解説―

ヨガのクラスでよく聞く指導の一つに、「膝を引き上げてください」という言葉があります。特にアイアンガーヨガでは頻繁に使われる表現です。

しかし、この言葉をそのまま受け取ると、多くの人が次のような動きをしてしまいます。

・太ももの前をギュッと固める
・膝をピンとロックする
・脚の前側だけが緊張する

その結果、脚はかえって硬くなり、股関節や腰が詰まり、体全体の自由さが失われてしまいます。

では本来、「膝を引き上げる」とは何を意味しているのでしょうか。

結論から言うと、これは膝だけの動きではなく、足から始まる全身の連動の結果として起こる現象です。

膝は「原因」ではなく「結果」

まず大切なことは、

👉 膝を上げるのではなく、上がってくる

という理解です。

膝を意図的に持ち上げるのではなく、脚全体が正しく働いた結果として、膝が自然に引き上がる状態を指しています。

つまり、膝は「操作する場所」ではなく、身体の状態を映し出すサインなのです。

すべては足から始まる

この動きの出発点は太ももではなく、足にあります。

特に重要なのが「内踵(うちかかと)」です。

多くの人は立つとき、

・つま先側に体重が乗る
・母趾球に寄る
・土踏まずが落ちる

といった状態になりやすく、足の骨格が崩れたまま立っています。

そこでまず行うのが、

👉 内踵を静かに感じること

です。

そして、

👉 内ふくらはぎを内踵へ向かって長く伸ばす

ように意識します。

ここで大切なのは「引き上げる」ではなく「伸ばす」という方向です。
内ふくらはぎから内踵へ、下へと長く通していくことで、脚の内側のラインが整います。

小指側の接地が土台をつくる

ここで忘れてはならないのが、足の小指側の接地です。

内側ばかりを意識すると、足は内側へ崩れやすくなります。すると、

・土踏まずが落ちる
・膝が内側に入る
・外ももが働かなくなる

といった状態になります。

これを防ぐために必要なのが、

👉 小指側(足の外縁)が床とのつながりを保つこと

です。

ただし、

・外側に体重を乗せる
・踏みつける

のではありません。

👉 小指側が消えず、静かに床に触れている状態

が大切です。

この外側の支えによって足裏に「幅」が生まれ、その中で内踵もはっきりと働き始めます。

つまり、

👉 内側を活かすために、外側が土台になる

のです。

脚に安定と回旋が生まれる

内踵と小指側の両方が働くと、足裏全体に安定が生まれます。

その結果、

・脛(すね)の骨が整う
・膝が軽くなる
・脚が床に対してまっすぐ立つ

という変化が起こります。

このとき脚の中には、自然な「回旋(ねじれ)」が生まれ、骨格が積み上がる準備が整います。

外ももが骨盤へ引き上がる

足と膝下が整うと、次に起こるのが

👉 外もも(大腿外側)が骨盤へ向かって引き上がる

という働きです。

ここで重要なのは、

・力で持ち上げない
・お尻を締めない

ということです。

正しくは、

👉 外ももが自然に骨盤へ吸い込まれるように上がる

感覚になります。

これは、足からの支えが上へ伝わった結果として起こります。

骨盤が安定する

外ももが引き上がると、骨盤は左右から支えられます。

ここでの感覚は、

👉 脚が骨盤の両側を下から支える

というものです。

すると、

・骨盤がぐらつかない
・腰が安定する
・上半身が伸びやすくなる

状態が生まれます。

左右差を整えることが基本

ここで忘れてはならないのが、左右のバランスです。

私たちの体はほとんどの場合、左右が均等ではありません。

・どちらかの足に体重をかける癖
・骨盤の傾き
・足裏の使い方の違い

こうした要素によって、無意識のうちに偏って立っています。

この状態で「膝を引き上げる」と、

・片方だけ強く働く
・もう片方は抜ける

ということが起こります。

大切なのは、

👉 左右を同じにしようとするのではなく、違いに気づき均等に近づけること

です。

内踵や小指側の接地を左右で丁寧に感じることで、少しずつバランスが整っていきます。

そして左右の脚が同じ質で働いたとき、

👉 はじめて身体の中心が立ち上がる

のです。

その結果として膝が引き上がる

ここまで整ったとき、初めて起こるのが

👉 膝蓋骨(膝のお皿)が自然に引き上がる状態

です。

このときの膝は、

・硬くない
・押し込まれていない
・軽く上に吸われるような感覚

になります。

つまり「膝を引き上げる」とは、

👉 足から始まる全身の連動の結果として現れる現象

なのです。

まとめ

「膝を引き上げる」という一言の中には、次のような流れが含まれています。

1. 内踵を感じる
2. 内ふくらはぎを内踵へ伸ばす
3. 小指側の接地を保つ
4. 足裏に広がりと安定をつくる
5. 脚に回旋と支えが生まれる
6. 外ももが骨盤へ引き上がる
7. 骨盤が安定する
8. 左右差が整う
9. 膝が自然に引き上がる

最後に

「膝を引き上げる」という言葉は、一見シンプルですが、その中には身体全体を整えるための重要なヒントが含まれています。

そして何より大切なのは、

👉 力で形を作るのではなく、順序で身体を整えること

です。

足から丁寧に整えていくことで、脚は無理なく働き、骨盤は安定し、体は自然に上へと伸びていきます。

そのとき初めて、「膝を引き上げる」という言葉が、身体の中で本当の意味を持ちはじめます。

住所

小倉北区魚町2丁目6-1  商工会館内
Kitakyushu-shi, Fukuoka
802-0006

電話番号

+818010019917

ウェブサイト

アラート

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