11/06/2025
福岡高等裁判所判決に対する当センターの見解
6 月11日福岡高等裁判所の判決言い渡しがありました。 熊本地方裁判所での一審判決では、当センターに非は認められないというものでしたが、今回の高等裁判所判決は、一審被告らは一審原告に対し連帯して損害賠償せよというものでした。当センターは当然必要な医療行為を行ったにすぎず、今回の判決は我々医療従事者にとって納得できるものではありません。臨床においては、術前診断が難しい場合がありますので、今回のようなことは残念ではありますが起こり得ることです。高等裁判所の判決は、医療の実際を十分理解した上でのものであったとは思えません。 下記に、当センターでの治療が妥当であった理由を記しました。
当センターにて胃全摘術を行ったことの妥当性について
原告患者は、心窩部不快感で前医を受診し、上部消化管内視鏡検査で胃潰瘍が確認された。抗潰瘍剤が処方されたが、1ヶ月後の2度目の内視鏡検査にて全く改善しない難治性胃潰瘍であった。内視鏡による生検の病理組織検査で胃癌の診断に至り、当センターに治療目的で紹介となった。当センターで内視鏡検査および胃透視検査が行われた結果、胃の上部から中部までに及ぶ大きな胃潰瘍が認められ、胃癌で矛盾しない所見であった。そして、腹部超音波検査、CT検査にてリンパ節転移が否定できない所見も存在した。
前医の生検による病理組織検査結果は未分化型腺癌であった。未分化型腺癌は進行が早い特性がある。病変は広範囲であるため、できるだけ早期の胃全摘術が必要であると判断し、胃全摘術が行われた。切除した胃組織には大きな良性潰瘍は存在したが、病理組織検査にて胃潰瘍病変に癌組織は検出されず、また胃の所属リンパ節に多数の腫大があったが反応性腫大であった。
原告患者は、術前の組織検査にて未分化型腺癌であると診断されていた。未分化型胃癌の中には術前診断が難しい症例があり、これは平成25年4月12日判決の名古屋高等裁判所の判例通りであるが、術前の繰り返す生検でも癌が検出できない事がまれではない。当センターにおいては、易出血性であったこともあり、術前に組織生検は行わなかった。しかし、たとえ再度生検を行ったとしても、内視鏡的生検は病変の一部を採取するのみであるため、そこに確認できないからと言って癌が存在しないとは言い得ない。今回胃全摘術を行い、病変をすべて切除し、その病理組織検査を行ったことで初めて胃癌が存在しないことが判明したが、もしも手術を行わなければ、いつまでも胃癌の疑いは拭い切れなかったことになる。また、もしも癌であった場合は、検査を繰り返すことで手遅れになってしまうことがある。
胃癌として矛盾しない検査結果がそろっており、しかも有症状の難治性潰瘍が存在していたこと、未分化癌においては進行が早いため、治療が遅くなることでさらに進行する危険性があったこと、胃潰瘍は広範囲であったことを考慮し、胃全摘手術を行ったことは妥当であったと言える。
<補足>
切除した胃組織には胃の上部から中央部までに及ぶ⾧径約 5cmの大きな潰瘍が存在していた。病変の部位と病巣の範囲・大きさから、胃を部分的に残す術式ではなく、胃全摘が妥当であると判断し行ったものである。
一般的に良性胃潰瘍であった場合、抗潰瘍剤(プロトンポンプ阻害剤)を内服していれば高確率で潰瘍が治癒に進むが、胃癌であれば治癒には進みにくい。特に進行胃癌(癌が粘膜下層より深く浸潤するもの)であれば、通常抗潰瘍剤で潰瘍が治癒することはない。前医で処方されたプロトンポンプ阻害剤を服用しているにもかかわらず、潰瘍が難治性であると前医および当センター主治医は認識していた。この状況は、胃癌と診断し治療をするに至ったことに大きく影響した。実は原告患者は、処方されていたプロトンポンプ阻害剤を服用していなかったことを、手術後になって初めて主治医に明かしている。もしも、原告患者がプロトンポンプ阻害剤を服用していれば、胃の潰瘍や症状が改善した可能性が高かったと思われる。
2025 年6月11日 熊本地域医療センター