京都大原記念病院グループの歴史は、1981年、大原に初の医療機関として「大原記念病院(当時)」が開設されたことから始まりました。以来、グループは「時代がどのように変化し、人は安心のために何を求めるのか」ということに向き合い続けています。創業者である 児玉博行 代表の思いとともに、グループの歩みの転換点を振り返ります。
開設当時の京都は明らかな医療の過剰提供状態にあり、社会的入院※が問題視されていました。患者様が安心して尊厳ある人生を送るため、自院が担うべき役割はなにか。そうした視点で着目したのが、脳卒中などの後遺症を抱える患者様に集中的な訓練を実施し、社会復帰をサポートする「リハビリテーション(以下、リハビリ)」です。社会的認知度は極めて低く、国家資格を有する理学療法士も稀有な時代でした。1984年に初めて一人の理学療法士を採用して以降、布石を打ちつづけ1992年には京都で民間初となる「リハビリ総合施設基準承認」、2000年には制度化と同時に京都府下初の「回復期リハビリ病棟導入」と歩みを進めました。
第二章 医療・介護・福祉“三位一体”
医療の現場で、多くの死に立ち会うなか「すでに意識のない高齢者を救命のために集中治療室で治療する。一般病棟で手術を受けたから最後までそのまま過ごす。これらは本当に良いことなのか」との想いがありました。グループは、医療だけでなく介護、福祉を一体的に提供する最後まで安心して過ごせる仕組みを志し「介護老人保健施設 博寿苑(1991年)」「特別養護老人ホーム大原ホーム(1997年)」を、病院と同一敷地内に開設しました。独立した施設が廊下伝いで結ばれ医療・介護・福祉“三位一体”で安心を提供する全国的にも稀有な施設群が誕生しました。この地で培ったノウハウを礎に、在宅サービスに視野を拡げ市内一円に事業展開しました。
第三章 安心して最後まで暮らせる住まい
病院や施設を出た高齢者が安心して過ごせる「高齢者住宅」の試行も重ねていました。大原三千院の参道の民家で開設した「ぬくもりの家(1996年)」、現在のグループホームやすらぎの家の2階で医療必要度の高い高齢者を対象に開設した「大原うぐいすの里(1999年)」です。小規模の高齢者住宅に訪問診療や訪問看護・介護・リハビリテーション、配食などを提供し安心して過ごせる環境づくりに向けてノウハウを蓄積しました。いずれも「ケアハウスやまびこ(2002年)」「ライフピア八瀬大原Ⅰ番館(2006年)」へ継承されています。現場で目にする「退院後の安心」というニーズに応えるための、制度によらず前例のない展開でした。
第四章 京都から全国への発信
2006年「リハビリ難民」という言葉が社会的にクローズアップされました。先進的にリハビリテーション(以下、リハビリ)に取り組んで来た自負のもと、そのあり方を全国に発信※します。グループが示した提案が「御所南リハビリテーションクリニック(2013年)」です。急性期病院、大学病院との信頼関係を礎に「通院で回復期リハビリ病棟と同レベルのプログラムを提供する」という新しいコンセプトで存在価値を高めています。2018年には「京都近衛リハビリテーション病院」を開設しました。本院を含む3拠点連携のもと、リハビリや、それを中心とした地域を支える医療・介護体制のあり方を全国に発信し続けています。
※2008年、一層京都に根差して全国へ発信するため、大原記念病院グループを“京都”大原記念病院グループへ、大原記念病院を“京都”大原記念病院に名称を変更しました。
第五章 誰もが安心して暮らせる社会へ
誰もが、生涯にわたり自分が望む方法で社会と関わりながら生き続けることができる生涯現役社会に向け、内閣府、京都府の共同補助事業「大原健幸の郷」がスタートします。リハビリテーション(以下、リハビリ)の経験に基づくプログラムで地域の健康を支え、また交流拠点として地域活性化への貢献を目指します。
京都大原記念病院グループは時代の変化、患者様・ご利用者のニーズの変化と向き合い続け、リハビリを中心にきめ細やかな医療・介護サービスの面展開で安心を提供する総合ケアネットワークを築きました。サービスの原点は「人の心に寄り添い不安を取り除くことにある」との認識のもと、これからも社会の要請に応えつづけます。