31/01/2026
■皮膚ガス検査でトルエンが多かったら、私はPATMなのか?
私のところには、PATMで悩んでいる方が多く来られます。そうした方の中には、皮膚ガス検査を受けて「トルエンが多かった」という結果を手に、「やっぱり気のせいではなかった」「自分の体から、周囲の人を反応させる何かが出ているのだ」と、強く確信するようになったと話される方もいます。そう感じてしまうのは、決して不自然なことではありません。
長いあいだ、「自分のせいで人に迷惑をかけているのではないか」という不安を抱え続けてきた人にとって、数値として示された検査結果は、その不安を裏づける“答え”のように見えてしまいます。
しかし、「皮膚ガス検査でトルエンが検出されたこと」と、「自分が周囲の人に咳や不快感、いわゆるアレルギー反応を起こさせている存在であること」の間には、大きな論理の飛躍があります。その検査結果だけで、「自分が周囲に害を与えている人間だ」と結論づけることはできません。
まず知っておいてほしいのは、皮膚ガスとしてトルエンが検出されること自体は、特別なことではないという点です。トルエンは、建材、塗料、自動車の排気ガス、日用品など、現代の生活環境に広く存在しており、誰もが日常的に体内へ取り込んでいます。そして体内に入った化学物質の一部が、汗や皮膚ガスとして排出されるのは、人間の正常な代謝・排泄のプロセスの一部です。
問題になるのは、「検出されたかどうか」ではなく、「その量が、周囲の人に実際に反応を起こすほどのレベルなのかどうか」です。皮膚ガスとして放出される揮発性物質は、一般に極めて微量です。仮に、他の人より相対的に多く検出されたとしても、その絶対量が、日常生活の中で誰もが吸い込んでいる空気中の化学物質と比べて、問題となるレベルかどうかは、冷静に見直す必要があります。
ただ、この「冷静に見る」ということが、不安の強い状態ではとても難しくなります。「自分から人にアレルギー反応を起こさせる何かの化学物質が出ている」という前提が一度心の中にできあがると、それを裏づける情報だけが強く目に入り、逆に安心につながる可能性のある情報は、無意識のうちに心に入りにくくなります。心理学では、こうした心の働きを「確証バイアス」と呼びます。
トルエンが検出されたという事実は強く記憶に残る一方で、「その量はごく微量である」「別の説明も成り立つ」という情報は、どうしても軽く扱われてしまいます。これは不安を抱えた状態にある人間なら、誰にでも起こり得る、ごく自然な心の反応です。
現時点での科学的知見を踏まえると、皮膚ガス中のトルエンがやや多かったとしても、それだけで周囲の人に咳や不快感といった反応を引き起こすほどの濃度に達する可能性は低いと考えられています。皮膚ガス研究の多くは、サンプル数も少なく、探索的な段階にあります。仮に「PATMを自覚する人のほうがトルエンが高い傾向があった」という報告があったとしても、それが原因なのか結果なのか、その順序ははっきりしていません。
つまり、「周囲の人が反応したからトルエンが増えた」のか、「強い緊張やストレス状態にある人の体で、代謝や排出のしかたが変化した結果として、トルエンが検出されやすくなった」のかは、現段階では区別できないのです。それにもかかわらず、不安が強いと、人はどうしても「一番怖い説明」を、もっともらしい答えとして選び取ってしまいます。
トルエンは体内で主に肝臓によって処理され、最終的には尿中に排泄されます。
トルエン
↓(主にCYP2E1など)
ベンジルアルコール
↓
ベンズアルデヒド
↓(ALDH)
安息香酸
↓
馬尿酸として尿中に排泄
この一連の代謝は、常に一定に保たれているわけではありません。慢性的なストレス、睡眠不足、脱水、ビタミンB群不足(特にナイアシン)、マグネシウム不足、グルタチオンの枯渇などが重なると、処理のバランスは崩れやすくなります。
さらに、ストレス状態が続き、交感神経が優位になると、汗腺や皮脂腺の活動が高まり、体は揮発性物質を「早く外に出す」方向に傾くことがあります。そのため、体内のトルエン量が一般的な範囲にあったとしても、皮膚ガス検査では目立って検出される、という状況も十分に考えられます。
こうして全体を見ていくと、皮膚ガス検査でトルエンが多かったという結果は、「自分が周囲に害を与えている証拠」ではなく、「体が強い緊張や負荷の状態に置かれているサイン」として読み取る方が、現実に即しています。
だからこそ私は、皮膚ガスの数値そのものを追いかけ続けるよりも、ストレスや自律神経の緊張をどう緩めていくかに目を向けることが、もっとも重要だと考えています。不安が強い状態では、思考も体も同じ方向に偏っていきます。その偏りを少しずつほどいていくことが、結果として、この苦しさから抜け出すための現実的な道筋になるのです。