05/04/2026
いつも、大変お世話になっております。芝下(しばした)鍼灸整骨院の芝下です。
本日4月5日、おかげさまで当院は開院34周年を迎えました。
節目となるこの日に、今でも鮮明に思い出す「あの日」の記憶を少しお話しさせてください。
【開院34周年の節目に。命のバトンを繋いだ「あの日」の記憶】
本日、おかげさまで開院34周年を迎えました。
34年という月日の中で、今でも鮮明に思い出す出来事があります。その一つを今日は、お話ししたいと思います。
それは、19年前のある土曜日の出来事です。
お昼近く、一人の女性が来院されました。
受付にいた私は、彼女の「身のこなし」に違和感を覚えました。
スリッパに履き替えようとして、脱いだ靴を靴箱に入れようとするのですが、上手くいかない。何度もやり直し、時間がかかっている……のです。
予診票を書いてもらうと、手が震えて書けないと言います。
名前と生年月日だけはどうにか書いてもらいましたが、その文字は、震えでみみずが這ったような状態でした。
治療室に入りお話を伺うと、言葉が驚くほどゆっくりです。
「いつも、こんな感じですか?」
「いーいーえー、……きょーわーはー、特に、しゃべりにくくて……」と聞こえました。
私は即座に、問診を中止しました。
「お家には、誰かいらっしゃいますか?」
「はい、今日は非番で主人がいます…」
「ご主人に連絡して、今すぐ迎えに来てもらってください。病院で一度診てもらいましょう。明日は日曜日ですので…」
直ぐに自分は、電話に向かいました。
身内から、尾鷲の脳神経外科・内山先生と親しいと聞いていたのを思い出したからです。
身内に直電して、「今みえている患者様を内山先生にご紹介したい。土曜日の午後、無理なお願いと分かっているが…何とか診察をお願いできないか、聞いてもらえないか」と頼み込みました。
「よっしゃ、分かった…聞いてみたる」
その結果——。
「2時までに入れるなら診てくれることに…」
私は彼女をご主人に託し、尾鷲へと送り出しました。
週明けの月曜日。
一人のご年配の女性が、訪ねてこられました。
あの時の女性のお母様でした。
「先生、娘を救ってくださって、本当にありがとうございました」
病院に着いて内山先生の診察中に、先生の目の前で娘さんに「アタック(脳卒中発作)」が起きたのだそうです。
内山先生も「アタックや!」と叫び、即座に処置。
お母様の「アタック」という言葉から、よくよくお話しを聞くと、病院で婦長の仕事をなさっておられました。
「お母さん、もう大丈夫や。後遺症もないでぇ…良かったなぁ…ここに送ってくれた整骨院の先生に、本当に感謝やなぁ、内山もくれぐれもよろしく言っていたと伝えて欲しい」
そうおっしゃってくださったそうです。
柔道整復師、鍼灸師。
私たちの仕事は、単に症状に対して施術するだけではありません。
「異変に気付き、命のバトンを繋ぐ」ことの重さを、この出来事が教えてくれました。
19年前の志を胸に、これからも地域の皆様の健康に寄与できるよう精進してまいりたいと思います。
令和8年4月5日
芝下 裕章(弘祥)