13/10/2022
先日は私のカイロプラクティックの母校で、国内唯一のWHO基準のカイロプラクティック教育機関である、東京カレッジ・オブ・カイロプラクティック(TCC=旧RMIT大学日本校)の卒業式に出席してきました。残念ながら、今回の卒業式が最後の卒業式になってしまいました。27年の歴史に幕を下ろし、閉校することになったのです。そして私は、この最終年度限定で開講された旧RMIT卒業生を対象にしたドクター・オブ・カイロプラクティック(DC)取得特別プログラムを受講し、無事合格してDCの称号を授与されました。
カイロプラクティックは100ヵ国に広がり約40ヵ国で法制化されていますが、多くの国ではWHOの勧告に倣いカイロプラクティック教育が標準化されていて、4200時間以上の基礎医学とカイロプラクティック専門教育が課されています。これは医学部に匹敵する時間数で、実際これほどまでに人の身体と健康にについて学ぶ専門職は医師をおいて他にないのではないでしょうか。それだけ重い責任を担っていることの証と言えます。さらに各教育機関は国際第三者機関により厳しく審査され、教育の質が常に評価されます。そのような教育機関を卒業すると、アメリカなどではドクター・オブ・カイロプラクティック(DC)の称号が与えられ、イギリスやオーストラリアなどの国では臨床科学とカイロプラクティック科学の2つの学位が発行されて、その2つの学位を合わせてDCと同等とみなされています。RMIT日本校時代には、オーストラリア本校から上記の2つの学位が発行され、TCCとして独立してからはドクター・オブ・カイロプラクティックの称号が発行されていました。私自身はRMIT大学より、Bachelor of Applied ScienceとBachelor of Chiropractic Scienceの2つの学位を取得しており、今回新たにDoctor of Chiropracticを取得したことになります。本来はDCとこの2つの学位は同等とされ、新たにDCを取得することに大きな違いはないのですが、取得には数々の厳しい課題が課されましたので、自分への小さなチャレンジとして特別プログラムを受講しました。課題とは、科学学会での症例発表、アメリカのNational Board(国家試験)に準拠した国際機関であるInternational Board of Chiropractic Examiners(IBCE)主催の試験に合格すること、臨床に関するレポートを複数提出する、などでした。
TCCの前身の旧RMIT大学日本校はカイロプラクティックに関する法律がなく玉石混交だった日本で、世界標準の高度な知識と安全性を備えたカイロプラクター育成のために日本で初めて創設されたWHO基準のカイロプラクティック学校でした。それまでは私的にカイロプラクティックを教える学校しかなく、国内に3万軒ほどのカイロプラクティック治療院がありながら、そのほとんどは国際的にはカイロプラクティックとは認められないもので、もちろん素晴らしい技術を持った先生はいるのですが、誰がどのような知識と技術を持っているのか判別出来ない状態だったのです。現在でもWHO基準のカイロプラクターは全体の数パーセントに過ぎませんが、日本各地にWHO基準の知識と技術を持つ卒業生のカイロプラクターが存在するようになったことは大きな価値があることだと思います。
この度の閉校にあたって、私自身のRMIT時代のことを思い出していました。つい数年前まで卒業出来ていない夢を見るほど勉強と技術の習得は大変でしたが、本当に充実していましたし、楽しい毎日でした。卒業式では、国際的に認められるカイロプラクターになったんだと、誇らしさと緊張感が入り混じった気持ちだったことを覚えています。何よりも、今こうして毎日多くの方の力になれること、切磋琢磨できる仲間に出会えたこと、一生の師であるヴィクター・ポルテリ先生と昨年亡くなったジョン・ダイアモンド先生に出会えたこと、全てはこの学校があったからこそです。当時は考えもしませんでしたが、WHO 基準の教育機関を作るというのは想像を絶するほど大変なことだったと今改めて思います。WHO基準のカイロプラクティック教育機関は、カイロプラクティックだけを教えていれば良い訳ではなく、前述したように、医学部並みの基礎医学を学ぶ必要があります。そのために、解剖学や生理学、病理学、神経学、整形外科学…等々多くの講師の先生方を様々な医学部から招聘していました。まさに多くの先人の先生方の情熱が結実したWHO基準のカイロプラクティック教育でしたが、私たちの世代はその恩恵を享受しただけで、次の世代に引き継ぐことができなかったことは、悔いが残ります。
この度の閉校式を通して、RMIT大学日本校の卒業生として恥ずかしくないよう、WHO基準のカイロプラクターとして多くの方の助けになれるよう、これからも頑張っていこうと決意を新たにした一日でした。
最後に、まさに学校の大黒柱として支えて下さった故一愿先生、村上先生、伸佳先生、そしてカイロプラクターとして厳しく指導して下さった五十嵐先生、インターンとしてお世話になった原田先生はじめ、在学中にお世話になった先生方、エブロル先生、全ての職員の方々、基礎医学の講師の先生方、母校に関わって下さった全ての方々に心から敬意と感謝を申し上げます。27年間母校を守って下さり本当にありがとうございました。