05/05/2026
訪問診療をしていると、
人が最後に何に支えられるのかを、家の中で見せてもらうことがある。
ヤニにくすんだ壁に、古い賞状が一枚だけ掛かっている。
小さな棚の隅に、セピア色になった母親らしき人の写真がある。
引き出しの上には、まだ幼いままの子どもの写真。
年老いた猫が、そこが自分の場所だという顔で丸くなっている。
庭には、手入れが行き届かなくなっても、草木が季節を忘れずに芽吹いている。
壁に貼られた祖国の風景写真が、長い時間を黙って見つめていることもある。
そういうものを見るたびに思う。
ああ、この人は、ちゃんと誰かを愛して頑張って生きてきたのだと。
誰かに愛されてもきたのだと。
病気がいろいろなものを奪っていっても、
言葉が少なくなっても、
身体が思うように動かなくなっても、
その人の人生は、家のあちこちに残っている。
むしろ、そういうものの中にこそ、その人の大切な時間は沈んでいる。
私は医師になって、さらに訪問診療に携わるようになって、一番よかったと思うことがある。
それは、人の最期にたくさん立ち会わせてもらったことだ。
これまで、500人以上の人生の終わりに出会わせてもらった。
人が死んでいくこと。
生命が静かに閉じていくこと。
それを、私は繰り返し見てきた。
もちろん、死は悲しい。
どうしても受け入れがたい別れもある。
けれど同時に、私は知っている。
医学は、死をなくすことはできなくても、そこにある苦しみをやわらげることはできる。
痛みを減らし、不安をほぐし、その人がその人らしく最期の時間を過ごせるように支えることはできる。
人は、思っているよりずっと静かに、この世を去っていく。
そして、もうひとつ。
訪問診療をしてきたからこそ、教えられたことがある。
どんな人生にも、消えない灯りがあるということだ。
立派な人生だけではない。
誰からも褒められるような人生ばかりでもない。
うまくいかなかったこと。
こじれた関係。
取り返しのつかなさ。
言えなかった言葉。
そういうものを抱えた人生にも、最後にふっと光るものがある。
人は最期になると、その人がほんとうに大切にしてきたもののほうへ帰っていく。
富や名声ではないことが多い。
誰かと食卓を囲んだ記憶。
愛したこと。
愛されたこと。
もう会えない人のぬくもり。
守りたかったもの。
自分でも忘れていたような、小さな誇り。
たとえ今、その人のそばに誰もいなくても、
かつて誰かを愛した時間や、誰かに愛された過去が、その人を最後まで支えている。
私はそれを、何度も、家の中で見せてもらった。
ベッドの上の身体だけを見ていたら、たぶんわからない。
その人が生きてきた暮らしの中に入らせてもらうからこそ、見えてくるものがある。
人が最後に寄りかかるものは、案外、その人が生きてきた日々そのものなのだと思う。
昔の人は、もっと死を身近に見ていたのだろう。
疫病や飢えや、どうにもならない苦しみの中で、人は祈りや救いの言葉を必要としてきた。
空海が海の向こうから持ち帰ったものも、そういう時代の切実さに応えるものだったのかもしれない。
今は、あの頃とは少し違う。
医学は進み、死は病院の中で扱われるものになり、日常の景色からは少し遠ざかった。
そのかわりに、別の苦しさが濃くなったように思う。
死そのものが怖いというより、
生きていることが、あまりに苦しい。
朝を迎えること。
人の中にいること。
傷つきながら、それでも今日を続けること。
そういうつらさの果てに、死のほうがやさしく見えてしまう若い人たちがいる。
それでも私は、たくさんの最期のそばで、
人が最後に寄りかかるもののあたたかさを見てきた。
だから、人生は苦しみだけでは終わらないのだと、どこかで信じている。
そんなことを、これからを生きていく若い人たちに伝えたい。
けれど、ほんとうにつらい渦中にいるときには、そんな言葉は届かないのかもしれない。
大丈夫と言われても、大丈夫じゃない。
生きてと言われても、それどころじゃない。
そういう時間があることを、私は知っている。
だから、無理に引っぱり上げたいわけではない。
正しいことを言いたいわけでもない。
ただ、嵐が去るまでのあいだ、屋根を貸すようなことがしたい。
今すぐ元気にならなくていい。
答えを出さなくていい。
ただ少し、雨をしのげる場所。
ひとりで濡れ続けなくていい場所。
そんな場所を、医療のなかに、地域のなかに、つくっていけたらと思う。
人は苦しみのただなかにいると、自分の人生には何の意味もないように感じてしまうことがある。
でも、私はたくさんの最期に立ち会ってきて、そうではないと知った。
どんな人生にも、最後まで消えない灯りがある。
人を支える記憶がある。
その人をその人にしているものが、たしかにある。
それを、私は信じている。
だから今日も、もう少し頑張ってみようと思う。
https://note.com/dr_rainbow/n/n15188c5aa8ce?sub_rt=share_pb&fbclid=IwY2xjawRmNxZleHRuA2FlbQIxMQBzcnRjBmFwcF9pZBAyMjIwMzkxNzg4MjAwODkyAAEexeb1PqAy4-JmIGfN7PV0uumjlANZuYl187ADofLMlK6k8kgjaqq8-sDIYHA_aem_HYNYRtoTNDoxGUWrodKonA
訪問診療をしていると、 人が最後に何に支えられるのかを、家の中で見せてもらうことがある。 ヤニにくすんだ壁に、古い賞状が一枚だけ掛かっている。 小さな棚の隅に、セピア色になった母親らしき人の写真がある。 .....