家系図 家系譜:日本家系調査会

家系図 家系譜:日本家系調査会 日本家系調査会は、家系を調査し家系譜を作成いたします。

宗門人別改帳とは? 現在の戸籍や国勢調査に該当するものとして、宗門人別改帳がありますが、これは江戸時代中期に宗門改帳と人別改帳を統合したものです。実際の調査では江戸時代初期に見られます。これが所謂、宗門帳でしょうか。現在、国勢調査は5年に一...
22/08/2025

宗門人別改帳とは?
 現在の戸籍や国勢調査に該当するものとして、宗門人別改帳がありますが、これは江戸時代中期に宗門改帳と人別改帳を統合したものです。実際の調査では江戸時代初期に見られます。これが所謂、宗門帳でしょうか。現在、国勢調査は5年に一回ですが、宗門帳は基本的に毎年、作成していました。
 読んでみると、戸主、戸主の女房、長男、長男の女房、二男、二男の女房、使用人などが記され、家族数が10人を越えることは珍しくありません。また、「雌馬一匹黒毛」等、人間以外の家畜なども書かれています。
 何故このような大家族だったのか?結婚しても現在のように独立して家を持つことはありませんでした。独立すると土地を分けなければなりませんので、食べていけないですから二男家庭、三男家庭は小作や水呑百姓のようになって同じ家屋に入った訳です。戒名調査等をしていると、そのような二男家庭、三男家庭も当然含まれてきます。位牌や過去帳や墓の記載があっても、慣れた人でないと家系図にするのはなかなか簡単ではないのです。(笑)
 イエズス会が日本に入った時、日本人の人身売買や植民地化の問題が見えてきたので、江戸幕府はキリスト教禁止令を発布し、やがて寺請制度を確立させ、民衆がどのような宗教宗派を信仰しているかを定期的に調査するようになりました。それが宗門人別改帳が出てきた所以です。

戦に負けた武将の妻子は 家系調査をしていると先祖が戦国武将の家系がありますが、戦に負けた武将の家系は有るのでしょうか? 息子を生かしておくと将来、敵討ちに遇うかも知れないので、どんなに幼くても処刑されました。酷い話ですが、お家を守るための戦...
21/08/2025

戦に負けた武将の妻子は
 家系調査をしていると先祖が戦国武将の家系がありますが、戦に負けた武将の家系は有るのでしょうか?
 息子を生かしておくと将来、敵討ちに遇うかも知れないので、どんなに幼くても処刑されました。酷い話ですが、お家を守るための戦略でそうしたのです。
 家柄が良いと敵の妾として夫を殺した側に入りました。殺されるよりはましという考えからでしょうか。それとも家柄がいい妾を持つことで各が上がると考えたのでしょうか。
 ですから武将の家系として残っている家系は戦に勝った側なのです。戦の無い時代は来るのでしょうか?戦国時代は女性の恨みが強い時代でした。恨みが多いと家系が絶えてしまいますが、そうならないように、武家は一族の中から仏門に入る人がいました。公の為に人生を捧げることで家系の穴埋めをしてきたのでしょうか。

2025年8月号 江戸時代 通説のまちがい士農工商の身分のまちがい 昔、学校で、江戸時代は「士農工商」という四段階の身分が有ったと教えられてきました。 士=武士で、いつも命を落とすかもしれない立場だったからか?武士がトップでした。農=百姓で...
30/07/2025

2025年8月号 江戸時代 通説のまちがい

士農工商の身分のまちがい
 昔、学校で、江戸時代は「士農工商」という四段階の身分が有ったと教えられてきました。
士=武士で、いつも命を落とすかもしれない立場だったからか?武士がトップでした。農=百姓で、食べ物を生産するから重要。工=匠などの工業に携わる職人。商=商人で、どうも利潤を追求するのは卑しいと思われていたのか?一番下でした。そのような四つの身分にわかれるというイメージを持っていました。
 実際は武士と農民及び町人ということで、武士だけが特権階級だったようです。これは四民平等が叫ばれる中、明治時代になってから定着したイメージのようです。
当時は差別の著しい時代だったと強調されますが、実際は、武士の家に町人が養子に入ったとか、もっと自由性が有ったようです。

水呑百姓 けっこう裕福な人も
百姓は庄屋(江戸時代の村役人。庄屋は本百姓の選挙または協議によって決められることもあったが、多くの場合は村の旧家が世襲した。代官の命令をうけて年貢の取立てや用水、農業技術の指導にあたった。)名主(中世には荘園、公領制下の村落で中心的な役割を果たした百姓、江戸時代には村方三役の筆頭として村政を担った役人のことです。)本百姓、水呑百姓と分かれていました。本百姓は土地を持ち、水呑百姓は他人の土地で働いていた百姓です。
イメージとして、水くらいしか飲めない貧しい身分と思われがちですが、年貢を納める義務がない為、村での発言権はあまりありませんでしたが、想像するより、けっこう裕福だった水呑百姓がいました。

忍者のまちがったイメージ
忍者と聞いて一般の人はどんなイメージを持つでしょうか?黒装束で手裏剣を投げる戦闘集団というイメージだったと思いますが実際はどうだったのでしょう。
まず「忍者・にんじゃ」という言葉は間違いで、「忍びの者」と言われていました。戦闘集団ではなく(戦国時代は戦闘もしていたと思われますが)実際には情報戦が多かったため、黒装束のような目立つ格好はしません。町人のような身成をしていたのでしょう。
手裏剣を持っていた忍びの者も少なかったと思われます。これはおそらくテレビの作り出した勝手なイメージだったと思われます。
忍者が好きな外国人観光客には、がっかりする話でした(笑笑)。

切り捨て御免 へたをすると切腹
 時代劇などを見ていると、嫌な事を言われたくらいで簡単に武士が町民を切り捨てる場面が出てきますが、実際はどうだったのでしょうか?
 武士が切り捨て御免できる時は、「武士として耐えがたき無礼を受けた時」だったようです。
耐えがたき無礼というのはどの程度のものかわかりませんが、見ていた第三者の証言が必要だったようですし、明らかに行きすぎていた時は、切腹の刑を受けることも有ったそうです。
 どうもテレビの影響も大きいでしょうね。間違った情報を視覚でうったえられると目に焼き付いてしまいます。
 昔は虐げられていた、人権が無かった、自由が無かった、平等がなかった、江戸時代よりも明治時代、明治より戦後の日本が良くなっていると学校教育で植え付けられている気が致します。真実を知ることが大事です。
 吾妻郡の調査をしていて知ったのですが、天明の大飢饉の時代に申し出を断られた為、庄屋が私財を投げ打って農民たちを救ったという感動的な話がありました。
 なにしろ265年も続いたのですから、悪い時代ではなかったと思います。交通事故はもちろん、自殺もうつ病も糖尿もほとんど無かった時代です。

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日本の伝統文化を護ろう。日本の力である血縁、地縁を大切にしよう。
ご案内
※当会は家系調査を37年行っています。
※家系調査には、戸籍調査、現地調査、ルーツ調査の三段階の調査があります。
※調査の見積もりを無料で行っています。

群馬県の吾妻郡の調査に入っていますが、この地は全国的にも忍者の地で有名ですね。忍者をよく知る人が言うには、現在のような「戦闘集団」というようなイメージではなく情報戦が主流だったようです。この地は真田忍者が多いですね。ですから、「割田」など長...
28/07/2025

群馬県の吾妻郡の調査に入っていますが、この地は全国的にも忍者の地で有名ですね。
忍者をよく知る人が言うには、現在のような「戦闘集団」というようなイメージではなく情報戦が主流だったようです。
この地は真田忍者が多いですね。ですから、「割田」など長野県と吾妻郡にしかない名字もあります。

28/07/2025

襲名 通字
宗門人別改帳等を見ていると、一般の百姓には名字が書かれていません。(神社の石塔等では、ちゃんと百姓でも名字が入っています。)また商売人も○○屋○○○というようにこれも名字が入っていません。(昔は番地が無かったので現在よりも小字名等が重要視されています。)
襲名は、跡を継ぐ立場になると親の名を名乗りました。(従って幼名、襲名、隠居名と一生に三回も名前が変化するのを見受けます。ややこしいですね。素人が系図を作るのが難しい所以です。)
通字(とうしじ)というのも有りました。家系の男子に用いる漢字一文字です。(八幡太郎義家の義など。)つまり、その小字内で家系を示す一定の文字が使われたので、その家がわかる訳です。現在の番地みたいなものですね。

家系譜新聞2025年7月号 特集:強い承認欲求の弊害経営者に多いタイプ 経営者は承認欲求で動いている人が多いです。多くの人を見てきて、残念な事に最近、非常にそれを感じてしまいます。特にオーナー社長でなく雇われ社長はこれが強いですね。立場上、...
03/07/2025

家系譜新聞2025年7月号 特集:強い承認欲求の弊害
経営者に多いタイプ
 経営者は承認欲求で動いている人が多いです。多くの人を見てきて、残念な事に最近、非常にそれを感じてしまいます。特にオーナー社長でなく雇われ社長はこれが強いですね。立場上、仕方がないのかも知れませんが、とても残念なことです。

承認欲求の弊害
 昔、マラソン選手で円谷という人がいました。東京オリンピックで銅メダルを取りましたが、数年後に「もう走れない」という言葉を(親に)残して自死してしまいました。つまり親に認められたいという願望が、頑張った動機だったわけです。
 銅メダルを取ったという実績は生涯誇れる実績だと思いますが、彼は満足感が無かったのだと思います。同様に経営者の中には、こういう人がいるようです。それは・・・「成功者の自殺」。何故?と思いますが、承認欲求だけで動いていた人の弊害です。

年齢に見合った承認欲求を
 承認欲求は幼少期に親に認められたい、「無条件に褒められたい」という段階から、肉体的な年齢に見合って、心も成長すれば良いのですが、それは思うほど簡単ではありません。
「無条件に褒められたい」という承認欲求を幾つになっても持っていたらどうでしょうか?人生におけるあらゆる人間関係(夫婦や親子の問題も含めて)のトラブルはそこから起きます。

親の育て方に原因
 それは幼少期における親の育て方に原因とするところが大きく、また、親がその親からどのような育てられ方をしてきたか?これは家系連鎖しやすいです。
子供に対して条件付きの飴と鞭。或いは甘やかし放題。真の愛情からは程遠いものです。幾つになってもそれが抜けないのです。悲惨な事にそれに気付けないでいます。

他人の成功を喜んであげる
 現状の自分を理想の自分に近付けたい、ギャップを埋めようとする努力は成長のための原動力の一つなので、特に悪いことではありませんが、正常な承認欲求と、問題になる承認欲求の差は何でしょうか?
いろいろ有ると思いますが、私は「他人の成功を喜んであげる」心の余裕だと思います。「うらやましい」と思ったり、さらに嫉妬したりひがんだり、他人の成功を喜べない状態は、肉体年齢は60歳であっても、心の年齢は3歳か4歳くらいの低い次元にいると思わざるを得ません。(絶えず自分自身の動機をチェックしていきたいものです。)

仕事が好きで、好きでたまらない
 自分のやっている仕事を好きになることが大事です。好きになれたら黒字だろうが、赤字だろうが、結果を出すためのプロセスが好きなので、満足感は残ります。自分の仕事が好きで、好きでたまらない人は長く続けられる傾向もあります。これは一番大事な事だと思います。
職業に貴賎は有りません。どんな仕事でも自信と誇り、そして仕事がメシより好きだと思える人は最高に幸せです。

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※当会は家系調査を37年行っています。
※家系調査には、戸籍調査、現地調査、ルーツ調査の三段階の調査があります。
※調査の見積もりを無料で行っています。

変体仮名3:今回は「て」から「ま」までです。古いお墓等に記載されている旧仮名使い。戸籍にも見かけますね。
23/06/2025

変体仮名3:今回は「て」から「ま」までです。古いお墓等に記載されている旧仮名使い。戸籍にも見かけますね。

変体仮名主な旧仮名づかいです。難読文字は「変体かな字典」が出ています。
15/06/2025

変体仮名
主な旧仮名づかいです。難読文字は「変体かな字典」が出ています。

歴代天皇の一覧表です。解像度が低く古い資料ゆえ修正があります。125代が上皇陛下、126代が今上天皇、2019年~。
09/06/2025

歴代天皇の一覧表です。解像度が低く古い資料ゆえ修正があります。125代が上皇陛下、126代が今上天皇、2019年~。

2025年6月号特集:母系供養の大切さ軽視されがちな母方ご先祖 家系というと、概して一家の主である夫の家系ばかりを重んじてしまいがちです。日本の古い時代は、男尊女卑の社会であったため、夫方の先祖は貴重視しますが、妻方の先祖は極端に軽視されて...
01/06/2025

2025年6月号特集:母系供養の大切さ
軽視されがちな母方ご先祖
家系というと、概して一家の主である夫の家系ばかりを重んじてしまいがちです。日本の古い時代は、男尊女卑の社会であったため、夫方の先祖は貴重視しますが、妻方の先祖は極端に軽視されていました。現在も少なからずその傾向が残っています。
しかし、それはとんでもないことで、子の立場から見ると両家ともに間違いなく血を分けた先祖です。ちょうど車の両輪のようなもので、夫方と同等に妻の家系も大切です。

幸せを呼ぶ母系供養のすすめ
佐藤玄明氏の『幸せを呼ぶ母系供養のすすめ』(現代書林)という本に母系供養の重要性について書かれています。
仏教ではよく障り(さわり・霊障)という言葉を耳にします。障りとは、一般的に支障、妨げを意味しますが、怪我や事故、あるいは思わしくない出来事に対して、先祖との間に因果関係を持たせた言葉です。その障りを受けている方々のほとんどは、墓や仏壇すらない状態で、ほとんど先祖供養されてないことが原因になっているようです。しかし、やっているにもかかわらず障りを受けている場合は、「母系」の供養が足りない家であるというのです。
 お彼岸やお盆に子供の手を引いて、妻の実家や母の実家、祖母の実家のお墓や仏壇にお参りをしている家はほとんどがうまくいっている一方で、そうでない家庭は100%順調にいっていないといいます。
 家系存続の背景には嫁や養子で入った男性の家系の支えがあります。嫁や養子にも家系があり先祖がいます。妻、母、祖母の母系の家系には、伝統を守ってくれた恩があります。日本のお彼岸が七日間もある理由は、先の三日間が父方供養、後の三日間が母方供養、中の一日は水子、子供の供養をするための日だというのです。
 以上のことから、先祖供養をしていない家系は論外ですが、父方だけではなく、母方、つまり「母系」の供養も同じように貴重視することが大切です。まずは実行してみましょう。今まで行かなかった母方のお墓参りなどをしてみると、今まで考えもしなかったことを感じたり、行った者でないと分からない新しい感動があるものです。

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日本の伝統文化を護ろう。日本の力である血縁、地縁を大切にしよう。
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※当会は家系調査を37年行っています。
※家系調査には、戸籍調査、現地調査、ルーツ調査の三段階の調査があります。
※調査の見積もりを無料で行っています。

前橋藩松山陣屋跡幕末、川越藩主・松平直克は上野国の前橋城を再建し、居城を川越城から前橋城に移転したことで、松平領は前橋藩と改められた。その際、武蔵国内の比企郡・高麗郡・入間郡・埼玉郡周辺の6万石余の領地が前橋藩から見て飛び地になることから、...
17/05/2025

前橋藩松山陣屋跡
幕末、川越藩主・松平直克は上野国の前橋城を再建し、居城を川越城から前橋城に移転したことで、松平領は前橋藩と改められた。その際、武蔵国内の比企郡・高麗郡・入間郡・埼玉郡周辺の6万石余の領地が前橋藩から見て飛び地になることから、この地域の統治を行うために松山に陣屋が建設されることとなった。

ご案内。家系譜商品チラシです。
15/05/2025

ご案内。家系譜商品チラシです。

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下小塙町1492/6
Takasaki-shi, Gunma
370-0076

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火曜日 09:00 - 17:00
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