28/04/2026
<労働とボランティアと仕事>
患者さんと話しているとそれぞれの人が自分のテーマに沿って心理的な仕事をしていることに気が付きます。これを社会の中の仕事と区別して、オプスと仮に名付けます。患者さんに説明するときは「課題」と言ったりもします。患者さんとの対話はカルテに残しています。そういう記録を俯瞰してみるとオプスが浮かび上がってきます。オプスはもちろん患者さん個人の課題なのですが一般にも広く言えることが多く、実際私の人生においても役立ちます。精神科医の役得です。今回はその中の一つのお話です。
ある人は仕事人生と個人の人生のバランスをどう見出すのかというのがオプスとなっているようでした。話し合いの中で会社のベースになっている仕事観とその人の仕事観にズレが有るという話になりました。西洋、もしくはキリスト教圏の社会では労働というのは自分の時間を捧げて(苦役)それの対価にお金を得るという明確なモデルがあります。明確ですがそれだけでは、人間にとっての仕事は語り尽くせません。なのでもう一つの様式としてボランティアが普及しています。キリスト教社会では労働とボランティアをわけてそれぞれ行うというのが文化ですが、日本ではもともと「仕事」といったときに西洋式で言えば労働とボランティアが混ざって入っているものを指すように思うのです。それでていて会社はもともとの日本式を離れ、西洋式を取り入れていきますので「労働の場」の色彩が濃くなっていきます。実際の構成員の日本人の意識は従来の「仕事」のままの方が依然として多い。。。このような仕組みで同じ「仕事」という言葉をつかいながら会社は労働の意味、日本人の会社員は労働とボランティアの混ざったものをイメージとしてもっているため、双方の食い違いが問題の本質のように思われます。例を挙げれば、(雇われ側からの視点ですが、)本来ボランティアというのは人間的な交互作用を期待するものですから、会社からはそういう照り返しを感じない。ボランティアすればするだけ吸い込まれるというような徒労感を感じるかもしれません。(サービス残業という言葉は外国にもあるのでしょうか?)こういったケースではクライアントの会社への期待が現実的なのかと言う事の見直しや今回の方のように仕事人生と個人の人生のバランスを見直していくようなセッションになっていくかと思います。個人としてはこういったセッションになりますが、日本人全体としても社畜(苦役)という言葉が出てきたりしていますので日本人の仕事イメージも仕事=労働というように西洋風に変化が生じていると思います。今丁度過渡期なのだと思います。昔、何かの論評で日本人はボランティアがすくない(けしからん)みたいな論がありましたが、それはそもそも仕事にボランティアが含まれていたわけであって、それが昨今変化していますから、日本人のボランティア率というのも西欧並には上がってくるのではないでしょうか。外来でもボランティア活動している人が割とおりますし、世界陸上でのボランティアの質が非常に評判がよかったという話も聞いています。精神科の仕事はもちろん個人を相手にしていますが、社会の動き、傾向というのも非常に影響をされるので大事になります。今日は西洋社会の「仕事」と日本人の「仕事」のイメージがズレていること、会社から個人の順番に西欧風に変わってきていること、その変化の過渡期をどう生きるかというオプスに割とで診療の中で出会うことをお伝えしました。本日は以上です。