26/11/2025
<精神科医のトレーニングについて>
今回は精神科医のトレーニングについて話してみたいと思います。理由は2つあって、一つは一般の人達に対して、私たち精神科医のイメージを補完するためにいろいろ情報を出していきたいということ、もう一つは若い精神科医たちやこれからなろうと考えている人たちに参考にしてもらえると嬉しいと考えたからです。
<その1医学生の中の精神科>
医学教育の中の精神科はマイナーといわれ、内科や外科をメジャーと呼ぶのに対して区別されています。耳鼻科、皮膚科、眼科などもマイナーと呼ばれています。医師国家試験に受かるにはメジャーを中心に膨大な量の知識が必要で、かつ限られた時間でこなすとなりますとどうしてもメジャーの学習に割く割合が多くなります。カリキュラムもそうなりますので、当然のこととして臨床実習の時間も少なくななります。精神科は経過の長い科ですので短い臨床実習では全体像を掴むことなく精神科実習は終わっていくことになります。私の臨床実習はちょうど時期が病棟クリスマス会にあたりましたので、学生の出し物として歌の練習をしていたと思います。(笑)こんな調子なので医学生のうちに精神科のトレーニングを受けることはありません。当然強い感銘を受けることはありません。このような状況ですので医療に素直に、そして情熱をもって取り組もうとする医学生たちが精神科医を進路に選ぶケースは少ないです。私の友人たちをみましても、「そもそも医者になりたくなかった」「趣味を優先させたかった」という意見が多かったですし、皆さん消去法で選んでいるのが実情と思います。私にしたって「プライベートを充実させたい」というのが多かったわけですし人のことは言えません。ここまでをまとめますと、医療について熱心な学生は精神科医を選ばない。精神医学への興味というより消極的な理由で選んでいる。卒業時点で精神科の知識はゼロに等しい。以上の三点が言えると思います。ここで皆さんは精神科医という人種についてがっかりしたり、不信に思うかもしれません。それについて擁護しておくと、導入は消極的でもどの方も私の知る限り、専門性をもって立派になっております。「趣味を優先させたかった」といった彼もいまや教授になるとかならないとかそういった業績をあげています。(けっこう有名人です)
<その2研修医のトレーニング>
先にもあげた通り、卒業したての若い精神科医はほとんど何も知らない状態で始まります。まずはじめに求められるのは薬物療法を覚えることです。向精神薬は同じ薬効をうたっていても臨床での振る舞いがまるで違うことがおおく、種類自体も多いのではじめは面食らうと思いますが、次第に薬のイメージが身についてくると思います。このイメージが大事で、私たちの上の世代の精神科医たちはこの理解のためにさまざまな向精神薬を自分自身で服用したりしました。中井久夫先生が活躍されていた時代です。私は若い時、こういう先輩方の話を当直のサブで入った時や休憩時間のときに聞くことができると、どれもイメージが豊かで大変ワクワクしたものです。このときにイメージが元になって、また実際の自分の経験をもとにアップデートを重ねてきたものが現在の自分の薬物療法になっています。またこの営みは今でもつづいていてアップデートを重ねています。エビデンスも大切にしたいのですが、いち開業医くらいでは薬屋さんの情報提供を鵜呑みするとそれぞれの製薬会社の思惑に惑わされてしまうのでかえって自分のやり方の方を貫くほうが手応えがあったりします。
薬を覚えるのと並行して納めてほしいのが精神病理学、症候学です。これは本来なら薬物治療と対になるべきものです。たとえるなら血圧の薬と血圧計の関係です。薬を出してもその結果を評価、判定できなかったら、出しっぱなしと一緒です。精神病理学、症候学というのは精神科におけるものさし、はかり、共通言語と言えるもので一人の患者さんを継続的にみていくには必要なものです。しかしこれは医学部の学生の段階では決して触れることはないでしょう。一般臨床医と精神科医の一番の違いは病理学、症候学を修めているかどうか、それが診療の質につながります。昨今、かかりつけ医構想の影響で一般臨床医でも精神科疾患もみられるようにしようという流れがあります。わかりやすいうつ病診療といった講演、勉強会が開かれていたりします。私個人としては精神科は非常に面白い領域なので参入される方が増えるのは嬉しいのですが、ぜひ病理学、症候学まで修めて診療してもらいたいと思います。一般臨床医でも我々と同じ薬を処方することができますので、その結果として見立てのしっかりしない投薬は病態を複雑化してしまい、結果として長期化、患者さんの時間を奪うことになります。多くの先生に精神科に興味を持っていただけるのは嬉しいことですが、病理や症候学は基礎の基礎なので修めた上で投薬をしてほしいです。
<その3研修医、その後>
病態を評価しながらの薬物療法を提供できるようになったならば、一人の患者さんの入退院とその後の外来フォローまでそこそここなせるようになっていると思います。今後は症例を積み重ねて、精神保健指定医や専門医の資格を目標にするというのが表向きな目標になるでしょう。これはこれで重要なことですが、このコラムの意図とは離れるのでここでは触れません。精神科医としての生涯のスタイルに関わる話をしていきます。
さて、いままで修めてきたトレーニングは医療モデルに基づいています。精神科医療にはもう一つモデルがあって成長モデルというのがあります。<研修医、その後>の段階ではこの成長モデルを意識してもらいたいのです。はじめに医療モデルについて話をしますと、医療モデルというのはターゲットとなる臓器があってそれに異常があるので医者が手技や投薬を通じて改善するというモデルです。お医者さんの仕事は大体はこのモデルに含まれます。精神科で当てはめるならばターゲットは脳で脳の異常に対して投薬を通じて治療するということになります。私がこれまで内因性の精神疾患とよんできた状況(いわゆる精神病)であれば医療モデルで十分対応できます。しかし心因性の問題に関しては医療モデルでは対応できません。心因性の原因は、本人とその環境の間に起こってきている「状況」(大概は不適応)であると捉えます(課題)。社会の中の現象なので医者が治療の主体となり何かを施す、与える(医療モデル)は成り立たちません。かわりに患者さんが課題に対して主体的に関わって原因を超えていく、それのをサポートする、見守るというのが成長モデルに基づいた援助になります。精神科医の中には医療モデルで十分だと嘯く人がいます。私の感覚では他の診療科と比べたときに最も際立つ精神科の特徴が心因をあつかうことなのでその領域をあえて避けるのはもったいないことだと思います。また避けようにも患者さんを選ばなかったら、程度の差はあっても心因を扱わないわけにはいかないと思われます。以上の理由で若い精神科医の皆さんには成長モデルをベースにしたアプローチに興味を持ってもらいたいと思います。これは具体的には教育や臨床心理学の領域に接近していくことになると思います。これはほとんどゼロから始めることになるので拒否感が強いかもしれません(病理学や症候学を真面目にやっておくと拒否感は和らぐとおもいます。)この領域への導入が少しでもスムーズにしたいというのが本稿の目的に一つであります。アドバイスとしては「精神分析の知識は抑えるべし」です。心因をあつかうときに大事になる心理療法や成長モデルという考え方は、精神分析ともに育まれてきたものです。現在ある心理療法は、おおくがフロイトの精神分析から派生、独立、反発から生まれてきたものです。精神分析をおおよそ捉えてから、主だった分派を作った方の直接の著作を読んでみて自分に合いそうなものを自身の心因の診療の軸にすると良いでしょう。私の場合はフロイトは読んでいてくどく感じて、ユングの著作のほうが率直な感じがして合いそうだったのでユング派、分析心理学のほうに勉強を進めていきました。このあたりは人それぞれで、その人らしさが輝く理論、学派を選ぶと良いと思います。繰り返しますが選ぶに当たっては直接の著作をあたってみて著者との相性というか、もっと砕けて言えばこの人との対話が楽しそうかどうかできめるのが近道です。