12/08/2025
<いきものハッピータイム>
精神科医を長くやっていて<ヒト>というのはとことん<悩むことを宿命としている生き物>だな考えるようになりました。火のないところに煙は立たずということわざがありますが、なんの問題もないところから煙を産み出しているような話もよく聞きます。他人から見ると滑稽なくらいに見えますが、当人たちは大騒ぎです。精神療法では本人たちの視点と他人の視点の両方をバランスよくもちながらケースに関わることが必要になります。また事態は複雑であって、何も問題がないように見えても実はその深層には分裂を抱えていることにも気がつくことも多い。そんな日常診療でよく出会う分裂の一つが<首から上の生活>と<首から下の生活>の分裂です。皆さんは人間は動物とは違うと自信を持って主張すると思いますが、首から下については他の哺乳類と大した違いはありません。人間は頭こそが人間の本体だと勘違いしてしまいます。小説「宇宙戦争」に出てくる頭が風船のように膨らんで細い触手をもついわゆるタコ型宇宙人のデザインは、本来は進化した未来の人間を想像して作られたデザインでした。映画「マトリックス」では人類は仮想空間内で複雑な社会を形成しながらも真実は培養液槽に閉じ込められていて肉体は機能していませんでした。こういった発想の背景には身体性の軽視が根深くあると思います。
話を戻しますと頭と体の分裂は、精神科においてはコントロール(頭)できない、身体症状(体)という形で持ち込まれることあります。こういうとき、はじめはなんとかコントロールできないかという視点でがんばります。それでうまくいくこともあるのですが、前述の通りバランスをとるというのが精神科の持ち味なので「体(症状)のメッセージは何でしょう。」や「大型犬を一匹、幸せに飼える生活を想像しましょう」など持ちかけてみます。ここでは犬を例にあげましたが、なにもペットショップに行く必要はありません。大型犬というのは首から下のあなた、動物としてのあなたのことです。大型犬が暖炉の前であくびをする姿を見るとほっこり癒やされるのに自分が食後あくびをするとき、どれだけその体験を味わえているでしょうか?すぐに周りを取り繕おうとしていませんか?
ペットショップに行く必要はないと言いましたが、この話がでたあと実際に犬を飼い始めた方がいます。この方は診察のときに、「首から上の話は・・」と会社の話を、「首から下の話は・・」と犬との生活の話を始めます。犬の散歩のときに出会った早朝の体験を情感たっぷりに語ることがあり、印象に残りました。首から下の生活を楽しんでいることを確信しました。
別のある方と日中の眠気について話をしていたときです。昼食後の眠気を気にされていました。私は「お腹も満たされて、安全も感じられて眠くなるのは当然のことですよ いきものハッピータイムです」と伝えました。アイマスクをして15分程度、ハッピータイムを味わう、(午睡ともいう)を提案させてもらいました。もちろん減薬も合わせて選択肢にあげましたが、いきものハッピータイムという言葉がおもしろかったようで、昼休みの過ごし方としてこちらを採用してくれることになりました。頭中心から体中心の視点を移すことで気が付かなかっただけですでにある豊かさを発見することができます。いきものハッピータイムは何も食後に限定ということはないでしょう。頭の想像を超えて、いきものハッピータイムに私達は囲まれているのかもしれません。ピントが合わないだけなのです。また難しいもので、いきもの生活ばっかりでしたら文明や発展はなかったでしょう。つくづく社会生活といきもの生活の両方をバランスとりながら生きていくのが<ヒト>の生き方、宿命みたいのものと感じています。今回は以上です。