26/09/2025
つるちゃんからの手紙 令和7年10月号
理事長 鶴田博文
先日、福岡県にある専門学校に講義に行った。
その専門学校は歯科技工士と歯科衛生士を養成する専門学校である。
歯科技工士は2年の履修期間、歯科衛生士は3年の履修期間で卒業試験に合格したら国家試験を受験し資格を得る。
資格を得たら歯科技工士は民間で運営するラボと呼ばれる歯科技工所か歯科医院で、歯科衛生士はそれぞれの医療現場で働くという流れになっている。
歯科技工士の現状はというと、なり手が少ない。それも深刻だ。
ある高校の進路指導の先生に歯科技工士という職業があることを説明したことがある。指先が器用で、もくもくと手仕事に打ち込める性格の生徒さんが向いていることを伝えたのだが、「将来無くなる仕事」ですよね、と言われ取り付く島もなかった。
不思議に思い、帰ってネットで検索したら、「キツくて離職率が高い」と書いてあるものを目にした。
現に私と同世代の歯科技工士に訊いてみると、自分の同級生の7割はもう歯科技工士はやっていませんと答えが返ってきた。
10年くらい前には長崎県にも歯科技工士学校があったが、定員割れが続き閉校となったときいている。
全国どこでも歯科技工士学校は定員割れが多いと聞いていたがその福岡の専門学校においては例年「歯科技工士になりたい」という高校生が定員以上の申し込みがあるという。まさに奇跡。その秘訣が知りたくて、求人票を持参するときに視察をお願いした。
都会のど真ん中に大きくて立派な5階建てのビルディングそのものが専門学校であった。入口、エントランス、エレベーターホール、トイレ、学生ホール、階段に至るまで一流ホテル並みにピカピカにしてあった。整理整頓が隅々まで行き届いている。図書室に行って蔵書を見る事で、この学校のレベルの高さがわかる。
学生ホールはゴミ一つ落ちておらず、机とイスが整然と並んでいる。テーブルの上もピカピカである。こういうことは学ぶ姿勢がきちんとできている証拠である。
技術や学力、知識、云々より、躾そのものが社会に出てからの仕事観に大きく影響するのだ。
教職員の方々も明るい雰囲気の中に適度な緊張感をもって授業や実習を行っている。
学生たちも楽しそうである。応接室へ通され、校長や教務主任の先生方と懇談した。まさかここまで私に時間を取っていただけるなんて思ってみなかったので大変恐縮した。
熱い思いをもった先生ばかりで、並みならぬ情熱を生徒さんの指導に充てていることがよく理解できた。学生たちは本当に幸せである。私はすっかりこの専門学校のファンになってしまった。
帰りに副校長から「今度うちの学生にも、この職業の素晴らしさについて話をしてもらえませんか」と依頼があった。願ってもない申し出に快諾した。日を異にして講義に伺った。
演題は「院内で活躍する歯科技工士・歯科衛生士の魅力を伝えます」とした。学生だけではなく、教職員の方々も一緒に聴いていただいたのでとても緊張した。
将来遭遇するだろう症例の供覧や、実際に行っている高度な歯科治療や患者様の喜びの声など。臨床の現場でしか味わう事ができない達成感や、やりがいについても話をした。
また、本当のかかりつけの歯科医院の意味や、健康寿命を延ばすことがこの仕事の大きな使命であること。多職種と連携するために私達が行っているビジョンシェアリングなど。はじめて聴くことばかりだったようで、それはもう熱心に聴いていただいた。
熱心に聴いてもらうと、ついついこちらも熱が入る。「あなたの仕事はなんでしょう?医院は誰のためにあるのでしょう?患者さんのためです。あなたの仕事はたった一人でいいのです。たった一人でいいので、今日この医院にきて本当に良かったという患者という心が通う友人をつくることです。最も大切なもの。それが、働く人のもつ輝きなのです。皆さんも、将来そんな仕事ができるように必ずなります。どんなことがあっても、諦めずに頑張ってください」。そう講義を締めくくった。
(この言葉の一部は岡田徹詩集「小さな店」より引用したもの)
歯科技工士の話に戻るが、以前はきつかったと言われる業務内容もCAD/CAMや3Dプリンターなどのデジタル化、IT化で、ずいぶんと環境が変わった。場合によっては在宅で子育てしながらパソコンで設計を行い、人の歯をつくることできるようになる日も近いという。もちろん歯科技工士の待遇も以前と比較にならないほど改善している。
それでも年間で歯科技工士の国家試験に通る人は全国で600人を切っている。(歯科医師は2000人/年)これでは歯科医療が本当に崩壊してしまう。義歯(入れ歯)一つ作るのに数か月かかるようになる。その間に後期高齢者は低栄養となり、短期間に衰弱していく。困るのは地域の人々、社会そのものである。
これが先進国である我が国の姿であってはならないと思う。歯科技工士を1人でも多く輩出することが歯科界のみならず日本社会の急務である。
バカ高い求人広告にお金を払うくらいであれば、私は専門学校の学費に対し奨学金を拠出し、地域や社会の役に立ってもらう若い人材を育てたいと思っている。