29/04/2026
月曜日
病院での勤務最終
事務さんの部署からギフトをいただく
ま
まさかの葦
自分はめちゃくちゃ頑張ったとき用の
ご
ご褒美(;´∀`)の葦
嬉しすぎて
うまくありがとうが伝えられなかった気がする
自分のがんばりでは大きすぎる富をいただいた気がして、ドギマギした(;・∀・)
また、案内係さんや外来の看護師さんにも
思いがけず、ギフトをいただいたり
お声をかけていただいた
あまり好かれていないだろうなと思っていたクールなあのひとにまで入浴剤をもらい、手紙には
丁寧に患者さんに接していましたねと書かれていて
びっくりした
見ていてくれていた
誰かのための行いと思ったことはなくて、
自然発生的にやっていたことを見ていてくれていて
うれし恥ずかし( ꈍᴗꈍ)
うれしいことばかりでなかったこの日
朝礼で最後の挨拶をしようとしたら
その前に師長に朝礼を終えられてしまい
自分で割って入って挨拶をするいきさつがあった
思わずイラっとし、この人は最後まで嫌な人を
演じてくれるな〜と思っていたけど
前日を思い出していたら、
まさか、師長、挨拶させないとかあったりしてと
イメージしてしまったんだよね
あ
自分で創造してた
引き合わせてた
全部自分が演出してたことに気づけた
なんか、現実化早くね?
最後、ギフトをいただいたことやお声をかけていただいたことで
豊かさを感じることを体験させてもらった
自分はあまり役に立ててないと思うし
この病院の人たちから
そんなに好かれてないしと
自己否定発動
早く消えるようにこっそり辞めたいと思っていたら
ありがたいことに感謝のお声をいただいたことに
本人がいちばんくりびつである😅
よしだは卑屈な考えが得意だし
ネガティブに捉えるのがとてもお上手だから
そんな風に思っていただいていたなんて
微塵も感じたことはなかった
青天の霹靂というか
ありがたい
得難い体験をさせてもらえた
どんだけ思い込み
ズレたフィルムを持っているかわかったよ
富とはお金だけじゃなくて
体験した先にある
人とのつながりだったり
感情だったり
いまよしだはその体験が必要だったんだね
悲しい気持ちになったり
うれしい感情を味わったり
この病院になぜ勤めたのか振り返ったら
わかったことがひとつある
すべての事象は自分の写し鏡であるということに
気づくため
いまのあなたはこういう信じ込みがありますよーってこと
むかつく一部の医者やスタッフも
自分の内側にある信じ込みの投影でしかないことに
気づくことができた
気づいたら
ぜんぜん嫌なこと起こらなくなったし
気にならなくなった
感情の解放が起き始めている証拠です
52年分のネガティブな信じ込みがまだまだあるだろうけど
感情をしっかり味わうだけ
無視しないで味わうだけ
兎にも角にも
3年間お世話になりました
なんとかやってこれたのは
みなさまのおかげさまのおかげ
ここでの学びはおわりました
まだ死んじゃあかんな
不生よしだりえ
まだまだ人生勉強の途中
道半ば
ありがとうございました