老年哲学 - 나이듦의 철학 - Philosophy of Aging

老年哲学 - 나이듦의 철학 - Philosophy of Aging 老年哲学のページです。古今東西の死生観を考え、老熟年―中壮年―青少?

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遺体ホテルへの反対運動が日本各地で起こっているというが、それを言ったら、韓国の病院にはたいてい葬儀場が(普通は病院の裏手に)付属している。病院でご臨終を迎えた後はそちらに移されてお通夜とお葬式をあげる仕組みである。合理的にして哲学的――me...
27/11/2021

遺体ホテルへの反対運動が日本各地で起こっているというが、それを言ったら、韓国の病院にはたいてい葬儀場が(普通は病院の裏手に)付属している。病院でご臨終を迎えた後はそちらに移されてお通夜とお葬式をあげる仕組みである。合理的にして哲学的――memento mori(死を忘ることなかれ)――ですらあると小生は思うのだが、たぶん日本ではこういうシステムは無理だろうし、強いて導入しても日本社会はキモチ的にこれを受けつけないだろう。
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日本の場合、この記事にあるように世界的な近代化によって「死」が疎遠になっただけでなく、そこに伝統的な死穢(死のケガレ)の思想が複雑に絡み合っているところに問題があるように思う。
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もし単に近代化が「死を生活空間から遠ざけ」て「消費者意識は、市場に『汚れ仕事』と称されるものを請け負わせる性格上、進んで死にまつわる物事を素早くクレンジングする行為に加担する」のだとすれば、病院と葬儀場と、ついでに遺体ホテルや火葬場や納骨堂まで一緒に作ったら「消費者意識」はむしろそれを歓迎するだろう。しかし、人間は単に消費者であるだけではないので……。

もし、自分の家の隣に「遺体ホテル」が作られると聞いたらどうしますか? 各地で起きる反対運動の根底には何があるのか。評論家で著述家の真鍋厚さんは、死体を嫌がることは「究極の自己否定」だと説きます。日常

もしかしたら、アメリカ開拓者が荒野で幌馬車を駆せていた、あるいはネイティブアメリカンがバッファローか何かを追って移動生活を送っていた「あの時代」への原点回帰なのかも知れない……。◇老年論でよく語られる、インドでも人生を学生期・家住期・林住期...
02/04/2021

もしかしたら、アメリカ開拓者が荒野で幌馬車を駆せていた、あるいはネイティブアメリカンがバッファローか何かを追って移動生活を送っていた「あの時代」への原点回帰なのかも知れない……。

老年論でよく語られる、インドでも人生を学生期・家住期・林住期・遊行期という四つの時期に分ける「アーシュラマ(四住期)」という概念があるが、その一番最後の遊行期をも連想させるものがある。
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また日本では「畳の上で死ぬ」ことが理想の死に方として語られることが多いが、それでも松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり」や、同じ芭蕉の辞世「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」のように、人生を旅で終えるロマンや、あるいは人生そのものが旅なのだという思想がないわけではない。

そしてこの映画も、単に現代アメリカの貧困白人老女を描いたドキュメンタリー映画ではなく、彼らの生き方にそれと通ずる精神性を見出し、描こうとしているもののようである。白人からすれば開拓時代以来の、ネイティブアメリカンからすれば先祖伝来のアメリカ的(北米大陸的?)な土着的精神性を掘り下げて描いた映画なのではと想像する。そしてそれを映像化したのが、30代の中国系アメリカ人女性監督というのがまた面白い。

【Penが選んだ、今月の観るべき1本】 「本年度のアカデミー賞最有力作品」という前評判だけで本作を観ると、その映画としてのユニークさに面食らう人もいるだろう。本作は日本でも出版された『ノ...

小生は思う。公務員の地位を利用して不正に濡れ手で粟をつかんだ残念な奴を冷笑し蔑視するならともかく、そんな輩を羨ましがり、わが身と引き比べて嘆くワカモノの心性が残念だと。「ヨンクル영끌(魂までかき集める영혼까지 끌어모으다の略語)」とか「ヨン...
21/03/2021

小生は思う。公務員の地位を利用して不正に濡れ手で粟をつかんだ残念な奴を冷笑し蔑視するならともかく、そんな輩を羨ましがり、わが身と引き比べて嘆くワカモノの心性が残念だと。

「ヨンクル영끌(魂までかき集める영혼까지 끌어모으다の略語)」とか「ヨントル영털(魂まで持っていかれた영혼까지 털렸다の略)」とか言うけど、そのかき集めた魂を最終的に持っていく奴といえば悪魔しかいないではないか。

韓国語「クロモウダ끌어모으다」(かき集める)とか「トルリダ털리다」の自動詞「トルダ털다」(取る・取り除く)といえば、小銭とか埃のような細かいものをかき集めるとか、はたき落として取り去るとかいうイメージがある。

日本語で「雷」といえば「怖い・恐ろしい」イメージはあっても「素早い」というイメージはないので、韓国語で「土地・株の投機でにわかに儲けた人間に対して相対的に貧しくなった人間」を意味する「雷乞食」(벼락거지)という新語はちょっとおもしろい。

日本語でも「電光」といえば素早いイメージが出てくるが「電光乞食」といったって、韓国語の「雷乞食(ピョラッコジ)」という言葉がもつ屈折したニュアンスはとても表現できそうにない。

日本も含めて世界で何故か株式市場が高騰していると聞く。日本でも株式など何も知らない若者が「儲かる株はありますか」と買いに来るなんて話も何かで読んだが、そんな話を見聞きすると、大津波の来る前には異常に潮が引くという話を思い出す。そんな時、急な引き潮についていけなかった魚が浜辺に取り残されて跳ねていたりするが、うかうかそれを取りに行くと、次の瞬間津波に呑まれて命を落とすのである。

かつてインド洋大津波があった時も、各国のビーチでそうして犠牲になったケースが少なくなかったという。

韓国にしろ日本にしろ、今の市場はまさにそんなタイミングなのではないか? 今投機で儲ける人というのは、大津波直前の急激な引き潮で取り残された魚が砂浜の上で跳ねているのを拾っている人みたいなものだ。

魚拾いに夢中になって逃げ損ねたら、寄せてくる大波に呑まれて身を亡ぼすのがオチである。そういう危ない位置にいる人間を羨ましがる心性はまったく理解できない。

中年・老年はこう忠告すべきだろう。

若者よ!

魂まではたいてかき集め、市場の悪魔に叩き売って若干の銭や財産を作った人間を羨ましがってはいけない!

大津波の直前に砂浜でバケツ一杯魚を拾ったような人間を成功者と錯覚して、そうでない自分を失敗者や敗北者と卑下してはいけない!

他には別に何もなかったとしても、自分が持っている魂を大事に持っていなさい!……と。

「ヨンクル(魂までかき集める)」の下はないだろうと思った。「魂までかき集めて」借金をしてでも家であれ株式であれ買うという20~30台の現実をこれよりさらに凄絶に表現するのは難しいと思った。ところが精

小生はいささか心配である。「老害」という言葉につまずいて、安易な老若対立の構図に陥ってしまっているのではないか?1960年代後半(小生も生まれる前だ😅💦)の、ヒッピーや反戦運動家たちが主導した若者のカウンター・カルチャーでは、“Don’t ...
20/03/2021

小生はいささか心配である。「老害」という言葉につまずいて、安易な老若対立の構図に陥ってしまっているのではないか?

1960年代後半(小生も生まれる前だ😅💦)の、ヒッピーや反戦運動家たちが主導した若者のカウンター・カルチャーでは、“Don’t trust anyone over 30”(30過ぎた奴らを信じるな)が合言葉になっていた。

こう叫んでいたロックスターたちが「どういうわけだか」みな27歳で亡くなった。今話題の「うっせえわ」よりもはるかに過激な歌を歌っていた尾崎豊など26歳で亡くなった。これも数え年なら27歳。

その当時「30過ぎた奴らを信じるな」とか言っていたであろう世代は、生きていれば当然ながらその後順調に齢を重ねて、今は初老くらいの年になっているはずである。

「老害」と名指しされるような老権力者がなぜそのような存在になったのか、どういう構造が老権力者に権力を付与しているのか、その前轍を踏まないためにどう行動すればよいかを深く省察しない限り、数十年後にその時代の若者から憎まれ指弾される、まさに老害そのものと化した自分を発見することになるだろう。

老害を憎んで、仮に年寄りを強制的に組織から排除したとしても、その後釜に座った若い世代が、いつの間にかその「老害」そっくりにふるまうようになっていたら何の意味もない。

いささか辛口なことを言えば、昔のカウンター・カルチャーには抗議と批判だけあって自己省察がなく、異質な者を鷹揚に受け容れる器の広さとか度量といったものがなかった。自分があたかも永遠に若くいられるかのように錯覚して「自分も老いる」という自明の事実を看過していた。歳と経験を重ねることで成熟・老熟できるという肯定的な面にも気づかなかった。

今の若者はその過ちを繰り返すべきではないだろう。

「30過ぎてもそれ未満の人々に信じられる者になろう」を合言葉にしたいものである。合言葉にしては少し長ったらしいけど。

そして、そういう人たちが増えれば、老権力者が後の世代を押さえつけ、我見に固執して他人の意見に耳を貸さず、組織に弊害をもたらすといった、所謂老「害」は自ずと消えるはずである。

当たり前のように、年功序列制度が根強く残る日本。しかし、世界に目を向けてみると、無条件に「年上がエラい」というのは、不思議な風習に思われるようだ。 そんな年功序列社会にNOを突きつける若者たちが現

老年の上司が伝授してくれた仕事の流儀。内容もいいけれど、言い方もいい。
11/03/2021

老年の上司が伝授してくれた仕事の流儀。内容もいいけれど、言い方もいい。

うっかりミスなどの対応に余分な時間をつかって残業する羽目になった経験は誰しもあると思います。 そんな時に、老年の上司がいつも言ってくれていた口癖。それはいわゆる『仕事の流儀』でもありました。

10/03/2021

是非とも長生きしてほしいです!

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